ことばと文化のミニ講座

【Vol.76】 2013.11   内海 敦子

「民話の収集:さる"かめ"合戦」

日本とインドネシアの昔話

皆さんは、「さるかに合戦」という昔話をご存じのことでしょう。「ことばと文化のミニ講座 Vol.63」に、日本文化学科の勝又基先生が「さるかに合戦いまむかし」を書いておられます。誰と話しても必ず知っている日本の昔話の一つでしょう。今回は、「さるかに合戦」をほうふつとさせるインドネシアの昔話をご紹介してみたいと思います。

北スラウェシの高地にある養魚池と付属のレストラン
北スラウェシの高地にある養魚池と付属のレストラン

私はインドネシアのスラウェシ島(旧名セレベス)の北部(以下、北スラウェシ)で、インドネシアのさまざまな民族の言語調査を行っています。インドネシアは日本と同じような火山列島からなる島国ですが、スマトラ島、ジャワ島、カリマンタン島(ボルネオ島ともいいます)、スラウェシ島、(パプア)ニューギニア島)という大きな島が5つと、その他無数の島からなっています。インドネシアの国家航空宇宙局(Lembaga Penerbangan dan Antariksa Nasional)によると18,307の島のうち、922の島に住民がいるそうです。スラウェシ島は大きな島ですが、山がちで入り組んだ地形であるため、たくさんの言語が話されています。これらは通常、互いに通じません。

言語調査の方法や対象にはいろいろあります。言語調査の方法や目的については、「ことばと文化のミニ講座Vol. 29, Vol. 38, Vol. 48, Vol. 58, Vol. 67」で書いてきました。今回は、「談話資料の収集」の課程で私が収集した民話をご紹介します。

私たちが使用している言葉には、いくつかの文語(書き言葉)と口語(話し言葉)は、とても大きくかけ離れています。次の二つの文を見てください。

(1)そういうわけじゃないんだ、仕事を休んでいるのは。

(2)仕事を休んでいる理由は、そうではないのだ。

どちらが文語でどちらが口語か、みなさんにはすぐに分かるでしょう。もちろん、(1)が口語、(2)が文語です。書き言葉で「ではない」と書くところを、話し言葉では「じゃ」と言うのが普通ですね。「ないのだ」と話し言葉でいう人もいますが、多くの人は「ないんだ」と言いますね。句(言葉のまとまり)の自然な順序も、口語と文語で異なっていることがあります。

ある言語を調査するときに、初期の段階では調査協力者に「こういう意味の文を作ってください」とお願いします。文法の調査をするときには必要なことなのですが、それを続けると、話し言葉ではあっても、かなりフォーマルな、書き言葉に近い文章が集まることになります。これはこれで大事な資料ですが、生き生きとした話し言葉ではありませんし、ぶつぶつと途切れた、文脈のない文の寄せ集めになります。

ですから、ある言語全体の姿を見たいときには、口語のデータも集めなければなりません。自然な会話とか、話し手がその場でインタビューされて話す談話とかが必要になります。昔話や民話や神話のように、話の筋が決まっているものを語ってもらうよう、お願いすることもあります。その話をちゃんと覚えている人にとっては、自分のプライバシーに関する話をしたり強制されて何かを話したりするよりも簡単なことです。四十年くらい前までのインドネシアでは、子どもが夜寝るときに、祖父母や両親が昔話を聞かせることがよくありました。悲しいことに、現在ではテレビや携帯が行き渡り、そのような機会が激減したので、若い世代の人で昔話が語れる人はほとんどいませんが、六十代や七十代の人の中にはまだ語れる人がいます。民俗学的資料としても大事ですので、機会があれば私も「昔話を話してください」とお願いしています。

 

北スラウェシの村で遊ぶ子ども達
北スラウェシの村で遊ぶ子ども達

北スラウェシには十一の異なる言語を話す民族がいますが、民族の風習や食べ物は互いに似通っていますし、昔話にも共通のものがよくあります。その中でも、昔話と言えばコレ!と、まず最初に出てくるのが「さる"かめ"合戦」なのです。カニではなくて、カメですので、ご注意くださいね。

実は、インドネシアに広まっている昔話のうち、日本にも共通する話というのは結構たくさんあるのです。「うさぎとかめ」や「天女の羽衣」に似た話もありますし、「穀物盗み(弘法大師や神様が外国や天上世界から穀物を盗んで人間に与える)」も広く分布しています。様々な民族が海上を行き来してきた証でしょう。

日本人がだれでも知っている「さるかに合戦」も北スラウェシの「さるかめ合戦」も同じカテゴリーの昔話です。「さる」と、水に関係のある生物が、食べ物をめぐって争う話で、「さる」は悪者で水棲生物の持ち物を奪うのですが、最後は仕返しをされるという筋になっています。

水棲生物には、日本のように「かに」のこともありますし、「かめ」のことも「かえる」のこともあります。以下では、北スラウェシの「さるかめ合戦」の他に、日本の「さる・かえる合戦」とインドネシア・ロンボク島の「さる・かえる合戦」をご紹介します。

インドネシアのことを知っている人はあまり多くないと思いますが、ここに紹介する昔話から、長い期間を通じて、海上交通による民族同士の交流の名残を感じていただければと思います。

「かめどんとさるどんのお話(さる"かめ"合戦)」
(採録:内海敦子、2007年、インドネシア北スラウェシ州ブハ村)

昔々、さるどんとかめどんが一緒に畑仕事をしていました。二人はバナナを植えました。かめどんが植えたバナナは実をつけましたが、さるどんが植えたバナナは実をつけませんでした。

かめどんは「バナナをとりたいなー」と思いましたが、木に登れません。さるどんは「僕がよく熟れた実をとってやるよ」と言いました。「それなら登ってとってくれる?」とかめどんは答えました。

さるどんは、よく熟れた実をばくばく食べて、かめどんに落としてくれません。「早くバナナを投げ落としてよ」とかめどんが言っても「味見してからね」と言って、皮をなげてくるばかり。とうとうバナナの実はすっかりなくなってしまいました。

かめどんは怒りました。刀を地面につきさして、葉っぱで隠し、さるどんにこう言いました。「日向に降りたらだめだよ、ぼくがうんちしたから。日陰の方に降りてね」。これを聞いて、さるどんは日陰の方に飛び降りました。すると隠れていた刀が突き刺さって死んでしまいました。

かめどんはさるどんの遺体を焼いて、灰にしました。そして、その灰を猿たちの村に売りに行きました 。よく売れたので、かめどんはおかしくなって「やーいやーい、自分の仲間を食ってらあ」と笑いながらいいました。「なんだと!どういうことだ!」と騒ぎになり、さるどんを焼いた灰であることがばれてしまいました。

かめどんは猿たちに追いかけられました。川まで逃げたので、猿たちが牛に「水を飲みほしてくれ」と頼みました。牛は「ぼくのお尻にココナツの殻をかぶせてくれたら水がもれないから飲み干せるよ」いうので、猿たちはココナツの殻を見つけて牛のお尻にかぶせました。水がだんだん少なくなり、かめどんは逃げられなくなりました。

かめどんが困っているとカニさんが助けてくれ、牛のお尻のココナツの殻をチョッキンと切ってしまったので、牛の体から水があふれだし、川の水は元通り。無事にかめどんは水に飛び込み、逃げることが出来ました。

「サルとカエル」
(採録:Peter Austin、インドネシア、ロンボク島、訳:塩原朝子)の要約 2

サルとカエルがバナナの木を見つけた。カエルは下半分をもらって土に植えたが、サルは上半分をタマリンド の木に吊しておいた。やがて、カエルのバナナには実がなったが、サルのバナナにはならなかった。サルは「おいらが登ってとってきてやるよ」と言って登っていったが、カエルには一本も落としてやらなかった。
怒ったカエルはココナツの半分に割った殻に隠れた。その殻にサルが座ったとき「チュル」と言った。サルは自分の金玉が声を出しているのだと思い、怒って思いっきり殴りつけた。そして痛さのあまりに飛び上がったということだ。

「猿とひき蛙の餅争い」
(採録地:岡山県真庭郡八束村、『日本昔話百選』より要約4)

ある春の日、ヒキガエルと猿が出会った。「久しぶりだから一緒にごはんを食べよう」と猿がいい、二人は餅をつくことになった。猿がもち米を持ってきて、ヒキガエルが川で洗い、せいろうにかけて蒸した。猿はこの餅をひとりで食べたいと思い、「向こうの山のてっぺんに持ち上げて、餅をつこう」と言った。山の上で餅をついた後、猿は臼をひっくりかえし、餅は臼ごとごろんごろんと転がって落ちた。猿はぽんぽん飛んでおいかけた。ヒキガエルはのろまなのでゆっくり降りたが、途中で臼から転がり出た餅が木にひっかかっているのを見つけた。熱いのではふはふ食べていたら、猿が臼がからっぽなのに気づいてやってきた。少し猿にやったが、もっとくれとうるさいので、ヒキガエルは熱い餅を投げつけた。猿の顔にあたったので、真っ赤になった。ヒキガエルはまた投げ、猿は今度は尻で受けたので、尻も真っ赤になった。それから猿は顔と尻が赤くなったそうだ。

民話の比較

インドネシアの民話二つと日本の民話を一つご紹介しましたが、いかがでしたでしょうか。登場人物のうち、「猿」は定まっているのに対し、もう一方はカニ、カメ、カエルとさまざまなのが面白いですね。水棲生物は一度は猿に意地悪をされますが、他者の助けを借りたり知恵をしぼったりします。結末はいずれも猿にとって残念な結果になっています。

インドネシアの「さる"かめ"合戦」では、かめどんの残酷さに驚いた方もいるのではないでしょうか。猿をだまして殺した上に同族にその遺体を食べさせるとは、びっくりですよね。現代の考え方では盗みより殺人の方が罪が重いに決まってます。それなのに、盗人が殺され、殺人者にとっては都合のよい終わり方になるところも納得しがたいですよね。

うばいあう食べ物も、日本の猿蟹合戦では柿、猿・ヒキガエルでは餅、インドネシア民話では「さるかめ」も「さるかえる」もバナナをうばいあっていますね。柿とバナナは甘くておいしい果物という共通点があります。では、餅とバナナはどうでしょう。

インドネシアではバナナはとても大切な食べ物です。甘いものも甘くないジャガイモのような味のものもあり、デザートから主食までカバーできます。島から島へ移住するときも簡単に持ち運べた便利な作物です。このような見方からすると、餅とバナナは「主食に近い食べ物」という共通点があります。

言語調査をしているとこのような民話の収集を通じて、日本文化との比較ができて、一石二鳥だと感じます。また、日本とインドネシアを含む、大きな文化圏の存在を感じることができて、わくわくします。


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