内海 敦子 教授 日本とインドネシアの民話—「天女の羽衣・白鳥乙女伝説」—

背景

日本の「天女の羽衣伝説」

 「天女の羽衣」という題の話を、みなさんは今までに聞いたことや読んだことがあるでしょう。富士山関連の世界文化遺産登録が最近話題になりましたが、その一つ、「三保の松原」という静岡県の海岸のものが最も有名とされており、天女が羽衣をかけたという言い伝えが残る「羽衣の松」もあります。まずここで「天女の羽衣伝説」の要点を押さえておきましょう。第一段階は多くの類話に共通しています。

 
第一段階
(1)天女が数人、水辺(海岸、池の岸など)で水浴びをしていた。
(2)男が天女の衣の一つを隠す。
(3)衣を隠された天女が天に帰れなくなる。
(4)帰れなくなった天女は男と夫婦になる。
 

第二段階は、いくつかの帰結に分かれます。日本にある民話の多くは(5)で終わることが多いですが、(6)の部分が付加しているものもあります。

(5)パターン1
天女と男の間に子供が生まれる。子供が衣の隠し場所を教え、天女は天に帰る。

パターン2
天女は男に大切にされなかったので、天に帰る。

(6)パターン1
男は天界に妻を探しに行く。
→パターンA:妻に会うが、連れ帰れない。
→パターンB:妻に会い、難題を解決するなどして、夫婦が一緒に暮らせるようになる

パターン2
七夕伝説などの由来の説明がなされる。

パターン3
部族、地域の由来の説明がなされる。

 
 この話は「天女の羽衣」だけでなく、「天人女房」という題がついていることもあります。実は、ここに出てくる「天女」はもとは「鳥」、あるいは美しい「白鳥」であって、羽根あるいは羽衣を脱ぐと人間の姿になるという部分がついていることがあります。日本の民話にも時々、この部分がありますが、ヨーロッパや中国などの類話には、「アザラシ」や「白い鳩」などが乙女に変身する部分がついていることが多いのです。アジア地域では鳥が乙女に変身する話が多いので、「白鳥乙女」伝説とよばれることがあります。

インドネシアの「天女の羽衣・白鳥乙女」が出てくる民話

 ここでは、私が調査をしているインドネシアのスラウェシ島(別名セレベス島)北部に伝わる「天女の羽衣・白鳥乙女」の民話をご紹介しましょう。スラウェシ島に伝わる類話には、鳥から乙女に変身する部分が付いているものもあります。細部が異なるいろいろな類話があるのですが、タラウド諸島に伝わる話の一つと北スラウェシ半島に伝わる話の一つを書いてみます。タラウド諸島に伝わるバージョンの題名は「古代のタラウド」となっており、民族の由来を説くような話になっています。タラウド語のテキストでは「天女」ではなく「妖精」の意味に近い言葉が使われていますので、ここでは「妖精」と訳しました。北スラウェシ半島に伝わる話は題名が「ママヌアとルマルンドゥン」となっています。

タラウド諸島(北スラウェシ半島とフィリピンのミンダナオ島の間に点在する諸島)の「白鳥乙女」伝説—「古代のタラウド」

 昔々、あるとき、カラケラン島(タラウド諸島で一番大きな島)がかわきはじめた。かわききったとき、ある人が住み始めた。その人は島の上に臥せって寝ていてカニのような形をしていた。長い時が過ぎ、このカニは現在の人間のような形、本当の人間の男になった。

 あるとき、男は吹き矢をもって歩いていた。そして乾いたばかりの土地を下っているとき、彼は良い匂いをかいだので、その匂いがただよってくる方向に降りて行った。良い匂いの場所に出ると、9人の妖精が水浴びをしていた。妖精たちは男が近づいてくるのに気付かなかったが、自分たちと違う匂い、臭い匂いがするのに気付いた。

 男は水浴びの場所に近づき、たくさんの衣があるのに気付いた。そのうちの一つを彼は吹き矢で吸い寄せ、隠した。

 妖精たちは服を着ようと岸に上がったところ、一枚の衣がなくなっているのに気付いた。それは妖精姉妹の中で一番若い妹のものだった。その妖精はただ泣くだけだった。姉たちは妹を連れて遠い自分達の世界へ帰ろうとしたが、そうできず、妹を残して帰ってしまった。

 残された妖精は自分の服を隠したものを探し続けた。男に気づいて妖精は驚いた。男は「君の服はぼくの所にあるよ」と言った。そして「もし、僕の妻になってくれるんなら服を持ってくるよ」と言った。

 妖精は最初のうちは嫌がったが、時がたつにつれ男を受け入れるようになり、妻になることを約束した。ただし、男が妖精たちの世界にくることを条件として。男はその条件を受け入れた。もう夜になっていた。

 衣を着ると妖精は翼をもった。男は妖精に手をとられ、天国につれていかれた。男は天を飛んでいるようだと思った。

 夜のうちに二人は妖精の住む場所についた。そこは、大きな街のようだった。にぎやかで人がいっぱいいた。そして二人はある場所に泊まった。

 翌朝、男は起きると驚いた。夜は確かに街だったのに、今、彼らがいるのは木の上なのだった。昨夜、街を歩いていたたくさんの人は昼は鳥であり、彼の妻もまた鳥だった。しかし、鳥である妻は口がきけて、「食べ物を探してきます」と言った。また、「何があっても静かにしていてください」とも言った。

 毎晩、その場所は大きな街に見えたが、昼間は木の中なのだった。

 ある日、妻は妊娠していることを男に告げた。男は喜んだ。そして時がたち、妻は出産した。そして生んだ後、「もし私たち二人が一緒にいたいなら、あなたは私たちの子を見てはいけません。もしあなたが子を見たら、この場所から追い払われるでしょう」と男に警告した。男は最初のうちその警告通り子を見ないでいたが、ある日耐えられなくなり、妻が食べ物を探しに行ったとき、男は子を見に行った。それは人間の子ではなく、卵だった。彼は妻に卵を見たことを内緒にしていたが、妻はすぐにそれを知り、怒って男と子をけり出した。二人は地上の世界に落ちて行った。

 落ちた場所で男が起き上がると、そこに美しい女の子がいるのが見えた。彼らが落ちた場所はドゥアタ(神)の山と呼ばれ、妖精が水浴びした場所はマサルナと呼ばれている。男は美しい女の子に食べ物をやって養った。女の子が大きくなると男と結婚した。結婚したあと、二人の間に一人の男の子が生まれた。その子はワンド・ドゥアタ(wando duata、神の山という意味)と呼ばれた。

・・・・・

 以上のように、タラウドの伝説では、鳥から乙女に変身する部分が含まれています。人間の男と鳥の間に生まれた女の子はのちに父親であるはずの人間の男と結婚し男の子を生む、という展開になっています。私が採集した民話ではここまでで終わっていますが、男の子はタラウド民族の祖となったということが暗黙の了解となっています。

北スラウェシ半島の「天女の羽衣・白鳥乙女」伝説—「ママヌアとルマルンドゥン」(バンティック語による採録)

 ずっと昔々のこと、この世界にはあまり多くの人間がいなかった。この世界には温水が出る水浴び場があり、その持ち主はママヌアと言った。その水浴び場は森に取り囲まれ、花が咲いていた。ママヌアはその森で狩りをしたあと、水浴び場に行くのだった。ママヌアは水浴び場を使うものたちに、使用後はきれいにしておくように言っていたので、きれいに保たれていた。ところがある日、水浴び場が汚れていた。ママヌアは水浴び場から近いところに隠れていた。すると東の方から強い風が吹いてきて、一群の白い鳩が降りてきた。鳩は全部で9羽だった。鳩は9人の美しい女に変身した。女たちは白い翼を身に付けていたが、翼を脱ぐと水浴びを始めた。ママヌアの怒りは喜びに変わった。ママヌアは一つの翼を隠した。ママヌアは女たちに近づいたが、女たちは男に気づくとすぐ、翼をとりにもどり、飛び立ってしまった。しかし、一番下の妹の翼は隠されていたので一人だけ飛び立つことができなかった。その妹の名前はルマルンドゥンと言った。ママヌアはルマルンドゥンに一緒に住むよう迫った。ルマルンドゥンはママヌアと結婚し、一人の子が生まれた。その子はワランセンドウと言った。

 月日がたった。ある日、低い雲が広がり、雷が鳴り稲妻が走った。ルマルンドゥンはワランセンドウに乳を飲ませていた。ママヌアはルマルンドゥンの髪にしらみがたくさんいるのを見つけた。言われてもいないのに、ママヌアはしらみをとり、三本の髪の毛を引き抜いてしまった。すると血が出てきて止まらない。ママヌアは怖くなって家から逃げ出した。その間にルマルンドゥンはママヌアに隠された翼を見つけることができた。ルマルンドゥンはすぐに翼を身に付け、飛び立ってしまった。

 ワランセンドウは甲高く泣き続けた。ママヌアは泣き声を聞きつけ、家に戻るとワランセンドウだけが寝ているのを見、ルマルンドゥンが去ってしまったことが分かった。ママヌアはワランセンドウをあやすことしかできなかった。

 ママヌアはルマルンドゥンを探しに、第九番目の空に行こうとした。ワランセンドウを背負って歩き、大木にのぼったり、ラタン(家具などを作るのに使う植物のつる)をよじ登ったりしたが、行きつけない。イノシシの背にのせてもらったり、トビウオの背にのせてもらったりして旅をした。あるとき、彼らは太陽が昇ってくるところに到着したが、そこでもルマルンドゥンは見つからなかった。

 広い場所に出るとある老人に出会った。その老人はムチを持っていたが、それをワランセンドウに打ち付けた。しかし、ワランセンドウは痛くも感じず、身体にムチの跡も残らなかった。実は、この老人はルマルンドゥンの父親、マラロヤなのであった。マラロヤは自分の孫のワランセンドウが神の血を持っているかどうかを試したかっただけだったのだ。マラロヤはすぐに一人の女をよび、ワランセンドウを背負わせた。

 知らぬ間に、ママヌアとワランセンドウはピノントルと呼ばれる世界に入っていたのだった。ピノントルは地上と空の中間にあった。ワランセンドウを背負った女はママヌアに、「どうしてここに来たのか」と聞いた。ママヌアがこれまでのいきさつを答えると女は二人に同情して9人の美しい女が住んでいるところに連れて行った。ママヌアはどの女がルマルンドゥンか、答えるよう命令された。9人の女はみな同じ顔をしていたので、ママヌアは迷った。そのとき、大きなハエが現れてどの女がルマルンドゥンかを教えた。ママヌアが正解すると、すぐにルマルンドゥンはワランセンドウを抱き上げた。

 ルマルンドゥンの住む場所の人々は人間の匂いをかぎつけて、騒ぎ始めた。マラロヤはママヌアに難題を出した。底の抜けた竹の筒に水をいっぱい汲むように要求した。もし、それができなければ、ママヌアを死罪にするというのであった。

 ママヌアは川にいくと、ウナギに出会った。ウナギに助けてくれるよう頼むと、竹筒の穴をふさいでくれた。マラロヤに水を汲んだところを見せると、死罪にすることを免じてくれて、子供や妻と一緒に、ルマルンドゥンの世界に住むことを許された。

・・・・・

 いかがでしたか。白い鳩がおりてきて、翼をとって人間に変身するところ、子をなしたあと妻が帰ってしまい探しに行くところ、難題を解決して妻の土地で幸せに暮らすところ、「白鳥乙女」の典型的な要素が詰まっています。

 北スラウェシの二つの話に共通するのは、女性たち(タラウド諸島では「妖精」、北スラウェシ半島では「白い鳩」)の数が9人だということです。実は、北スラウェシ州で見つかる話には「9」という数が時々出てきますが、そのほとんどは天界から盗ってきた稲の数だったり、魔法がかかった神聖なものだったりします。「ママヌアとルマルンドゥン」に出てくる天界も「第九番目の空」とされています。「神聖な数」として「9」が人気のようです。そして、両方とも一番年若の娘が衣・翼を盗まれて自分の土地に帰れなくなって男の妻になっています。水浴びのモチーフは日本のものとも共通ですね。子が生まれるところも日本によくある民話と共通です。

 話の結末はタラウド諸島の妻と別れてしまう結末と、と北スラウェシ半島の妻と一緒にくらせるようになる結末とで、対照的ですね。民話の採集をする際は、共通のモチーフがどのくらいあるかを見て、同じタイプの話かどうかを見ていきます。  ヨーロッパにもアジアにも広がる「天女の羽衣・白鳥乙女」の伝説、どのように伝播していったのか大変気になりますね。

 同時に、子供向けの本に収録されるなどしているうちに、民話が変化していくところも興味深いところです。ある土地で語り継がれている民話には、話のつじつまが合わないところや、上に挙げた「ママヌアとルマルンドゥン」にみられるように、本筋とはかかわりのない植物や動物がたくさん出てくることがあります。私も上の訳では省略した部分がかなりあります。一見無駄に見える部分は、長い期間にわたって語り継がれた歴史を表しているのですが、すっきりとした分かりやすい話が求められる時には、そういった部分がそぎ落とされてしまいます。

 私たちが良く知っている民話も、地方のお年寄りが語るものは、不合理だったり、残酷だったり、枝葉の部分が長すぎたりするものです。小さい時に絵本で読んだような、論理的に整合性のある話とはずいぶん違うことがあります。語り継がれた「口承文学」としての民話のCDなども出ていますので、聞いてみて、自分の知っている民話と比べてみるのも面白いですよ。

 
 

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