ことばと文化のミニ講座

【Vol.71】 2013.4   柴田 雅生

ことばをめぐる臆説

ことばは人間が使用するものであると同時に、それについてあれこれと考える対象でもあります。日常においては何気なく使っている場合が大半でしょうが、ある時ふと言葉遣いが気になったり、何と表現してよいのか言いあぐねたりした経験は、誰もが覚えのあることだと想像します。今回は、頻度はさほど高くないものの、ことばについて意識することが、ことばの使用とどのように関わるのか、その一端について触れてみたいと思います。

語源意識と民間語源

最初の例として、語源(言葉の由来)を取り上げてみます。

そもそも何故語源が気になるのでしょうか。ことばには、音(文字については少し複雑になるのでここでは取り上げません)の側面と意味の側面とがあります。この二面はいつも結びついているのではなく、ことばが人から人へ伝えられる中で結びつけられたり切り離されたりします。人間が言葉を使うとは、この結びつきを繰り返すと言ってもよい行動です。しかも、この結びつけには危険が隣り合わせています。言い間違いをしたり、発音が少しおかしくなってしまったり、または、聞き違いや文脈・場面の取り違えなど、いつもと同じように結びつけることができない場合も少なくありません。生身の人間である以上当然のことと言えますが、その不安を軽くするために音と意味の結びつきを強めようとする、つまり元々はこういう由来でこのような言葉になったのは当然だと考えようとするのだろうと推定されます。

語源には大きく二つの種類があります。きちんとした証明がなされている語源説と、根拠があやふやであったり、見つからなかったりする語源説です。このうち、後者を民衆語源または語源俗解ということがあります。元は上着を意味したポルトガル語と考えられるチョッキを、その音の形に合わせて「チョッとキ(着)るもの」と解釈したように、民衆が勝手にこしらえた語源説という意味です。失礼な命名と思われるかもしれませんが、「青二才(元は「青新背」)」や「一生懸命(元は「一所懸命」)」のようにことばの形を変えることもあるので決して軽視できません。

文法的解釈のずれ

文法も時の流れとともに変化します。しかし、一つの時代の中では、勘違いこそあれ、解釈が根本から変わることはあまりないと言ってよいでしょう(一つの文がさまざまに解釈できるようではことばが自由に使えなくなります)。むしろ、古い文法のままに使われた言葉が、新しい文法の見方によって別の意味に解釈される場合があります。

例えば、「情けは人のためならず」はその典型例と言えるでしょう。「ならず」はいわゆる古典文法における断定の助動詞「なり」に打ち消しの意の「ず」がついたものですから、「~デハナイ」の意味になります。しかし、「なり」の部分を現代語での変化する意味の動詞「なる」だと理解して(しかも助詞「に」を補って)、「(ニ)ナラナイ」の意味に解釈してしまうと、「情けをかけない」という正反対の意味で受け取られることになります。

また、卒業式などで歌われる「仰げば尊し」の一番の歌詞「今こそ別れめ いざさらば」は、古典文法の係り結び「こそ~め(意志の助動詞「む」の已然形)」が使われていますが、「め」を「分け目」「切れ目」などと同じ接尾語と理解していた人も少なくないだろうと思います。

古典語であることを承知していればこのような取り違えは生じにくいと思われます。しかし、使われていることばが現代語と変わらない姿をしていると思えば、それを現代語として解釈しようとするのは無理もないこととなりましょう。そこに文法的解釈のずれが生じるわけです。

字源解釈と国字

もう一つ、漢字に関する話を取り上げます。さまざまな漢字において、その漢字を分解してその意味と結びつけるという説明が行われています。漢字のなりたちの一つに「会意」(二つ以上の漢字を意味の上から組み合わせる方法、「明」「岩」など)がありますから、考え方として間違いではありません。しかし、ややもすれば、現在使われている字体を基準として漢字を分解し、本来の字源とは異なる説明を行う場合も少なくないようです。

例えば、「信」を人が言うことと理解したり、「食」を人に良いと解釈したりする話を耳にします。いずれも甲骨文字または篆文があり,現在の字体とは異なる姿をしていますので、にわかには信じがたい説です。また、教師を主人公としたテレビドラマで知られるようになった「人」の解釈「人という漢字は二人の人が支え合う姿をしている」は、明らかに無理があります。同趣の説明は、新渡戸稲造がわかりやすく世渡りの方法を説いた『世渡りの道』(1912年刊)にも見られますが、テレビの影響力故か、その後さまざまなところで見るようになりました。字源としての当否は別として、漢字の字体と意味を結びつけやすい字源解釈であると受け止められたのだろうと思われます。

『小野舷譃字盡』
『小野舷譃字盡』

字源の解釈は、一方で新たな漢字をつくりだすこともありました。右図は、1806(文化3)年に式亭三馬が出版した『小野舷譃字盡』ですが、人偏の右側にさまざまな漢字を組み合わせ、新たな漢字(譃字)を示しています。例えば、人偏に「春」を組み合わせて「うはき(浮気)」、「夏」を組み合わせて「げんき(元気)」と読むように。この戯作作品の譃字はあくまで遊びの範囲のもので世間へは広まりませんでしたが、振り返れば、日本でつくられた漢字、いわゆる国字も似たようなパターンで組み合わせられたものです。「働」「榊」「躾」「鱈」などがその代表格です。  なお、現代では「常用漢字表」などが整備されたため、地域限定の漢字などを除いて、新たな漢字がつくり出される可能性はずいぶん小さくなったと言ってよいでしょう。

以上に示すように、ことばに対する見方が、ことばの形を変えたり意味を変化させたりする場合があり、さらには、新たな文字を作り出すこともありました。明確に変化の跡を裏付けることができる例はそれほど多くありませんが、ことばは決められた通りに使うのではなく、使う人の意識が変える部分もあるのだと認識することが大切だと考えます。

また、このことを裏返せば、ことばに対する意識の根強さを示しているとも言えます。具体的な変化とは結びついていないようですが、「日本語はあいまいである」や「寒さのためにズーズー弁が生まれた」という臆説も人口に膾炙しています。何故このように言われ続けるのか、少しく考えてみる必要があるでしょう。

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