ことばと文化のミニ講座

【Vol.65】 2012.9   古田島 洋介

打つや打たざるやー〈テン〉の有無で恥をかかないためにー

街中(まちなか)の看板や掲示に時として珍妙な字句が見られることは、だれしも承知していることだろう。かつて、中高生のころ通っていた将棋道場の入口の上には、いつでも「どなたさまでもお気軽」と記した看板が掛かっていたし、ひなびた商店街の洋食屋「ジョイフル」に添えられた横文字は、なんと〈Joyfuru〉であった。近ごろ多く目にする例としては、店舗の営業時間や病院の診療時間を示す「AM10:30~PM19:30」のごとき書き方が気に障るし、ほとんどの薬局が店先に掲げている「処方せん」にも違和感を否めない。

それぞれ引っ掛かりを覚える理由は異なる。「お気軽」は、形容動詞「気軽だ」の連用形「気軽に」に、形容詞「軽い」の連用形「軽く」が干渉した結果、へんてこな活用形になってしまったもの。形容詞「気軽い」を認め、その連用形「気軽く」だと考えれば、誤りというわけではないが、たぶん抵抗を覚える向きが大半を占めるだろう。〈Joyfuru〉は、英語〈Joyful〉に、あろうことか「ジョイフル」のローマ字綴り〈Joifuru〉が混入したものである。一方、「AM10:30~PM19:30」は、日本語「午前」「午後」をそのまま〈AM〉〈PM〉と書き換えただけの掲示で、正しくは「10:30AM~19:30PM」と記すべきところ。 往時のテレビ番組「11PM(イレブンピーエム) 」が今なお残っていれば、たぶん防げたはずの誤りである。もちろん、〈AM〉〈PM〉が「午前」「午後」の代用品として完全に日本語化したものだとも解釈できるが。また、「処方せん」は、「箋」が常用漢字でなかったがための仮名表記なのだろう。しかし、この「せん」が、漢文脈「敵を撃滅せん」の「せん」(「ん」は意志の文語助動詞「む」の撥音化)と同じならば「処方しましょう」の意、和文脈「そんなことわかりはせん」の「せん」(「ん」は打消の口語助動詞「ぬ」の撥音化)に同じだとすれば「処方しません」の意となる。いったい、処方するのかしないのか、どうにも気持ちの悪い字面(じづら) であろう。毎日こんな看板を見ていると、語感が急速に鈍るような思いに駆られる。平成22年(2010)6月7日に答申された《改定常用漢字表》において、「銑鉄(センテツ) 」くらいにしか使わぬ「銑」がようやく常用漢字から外れ、馴染み深い「便箋」「付箋」などの語に用いられる「箋」がめでたく常用漢字に入ったというのに。

しかし、数ある誤謬のなかでも、なかなか厄介なのが、「専」「博」などの字において、右上に〈テン〉を打つか打たないかという問題だ。むろん、バス停に置いてある腰掛けの背もたれにぞんざいなペンキ文字で記された広告「修理専門」の「専」に〈テン〉が打ってある程度であれば、よくある間違いとして見過ごすまでだ。けれども、大学生が書くレポートに「敷」の〈テン〉がしばしば見えない以上、また博士号を持つ大学の教員が記す「博物館」の「博」に〈テン〉がなく、それを指摘しても、「あれ?〈テン〉を打つんでしたっけ」という答が返ってくる以上、ここは一番、つまらぬ賢しらを振り回しても無駄ではないだろう。

事の発端は、戦後の漢字改革にある。昭和21年(1946)に告示された「当用漢字字体表」こそが元凶だ。音符「專」を持つ字の一部について「傳→伝」「轉→転」などの書き換えを行う一方で、「專」そのものを「専」に変えてしまったのである。加えて、元来は音符「甫」を持つ字までも、「博・薄・縛・敷・簿」のごとく書き換えた。その結果、もと「?」に作っていた「専」の上部と、もと「甫」に作っていた「博」の右上や「敷」の左上などとが、互いに同じ「田」のごとき形となり、両者の区別がつかなくなってしまったのである。これでは、たまらない。本来の字形が「?」なのか「甫」なのかわからなければ、つまり旧字体を知らなければ、〈テン〉を打つのか打たないのか、まるで判断できないからだ。〈テン〉の有無は、やみくもに覚え込むしかない。このような不合理がまかりとおっているのが偽らざる現状なのである。〈テン〉を打つか否かに基づく誤字は、書き手の記憶不足や注意散漫が最大の原因とはいえ、その根本原因は戦後の漢字改革ならぬ漢字改悪にこそ帰せられるべきだろう。白川静『字統』も、「専」について「いま旧字を略して専 に作るが、その字は專(せん) に非ず、尃(はく) に非ず、形義を誤るのみならず、甚だしく字の統貫を失うている」と手厳しく批判している。

もっとも、〈テン〉の有無に関する対策がないわけではない。最も確実な方法は旧字体を記憶し、元来「?」なのか「甫」なのかをわきまえておくことだ。けれども、そこまで高望みをせずとも、発音によって〈テン〉の有無を弁別する方法がある。これが最も簡便 な手段だろう。「?(セン)」は「專」に身をやつし、音符として「セン」はもちろんのこと、転 化して「タン・ダン・テン・デン」などの音をも表す。また「甫(ホ)」は、音符として「ホ」をはじめ、転化して「ハク・バク・フ・ボ」などの音をも表す。いくつか例を挙げてみれば、以下のごとくである。

《第1群》
  • セン=専(←專)・摶・甎
  • タン=摶
  • ダン=団(←團)
  • テン=転(←轉)・囀
  • デン=伝(←傳)

《第2群》
  • ハク=博・薄・搏・膊
  • バク=縛
  • フ =敷・傅・溥・黼
  • ホ =甫・哺・捕・浦・補・蒲・輔・舖
  • ボ =簿

要するに、「セン・タン・ダン・テン・デン」など「-ン」系の音を持つ《第1群》の字については〈テン〉を打たず、「ハク・バク・フ・ホ・ボ」など「ハ行」系の音を持つ《第2群》の字については〈テン〉を打つということになる。このように発音に基づいて〈テン〉の有無を判断すれば、まずは大過あるまい。念押ししておくと、「専門」の「専」は「-ン」系の発音「セン」なので〈テン〉無し、「敷設」の「敷」や「博士」の「博」は「ハ行」系の発音「フ」「ハク」ゆえに〈テン〉有りという寸法である。  ここで気になるのは「恵」だろう。女性の名「恵子」の「恵」が、戸籍上は旧字体「惠」になっていることも珍しくない。すなわち「恵」は、明らかに上記の《第1群》と同じく〈テン〉無しの漢字なのである。ところが、発音は「ケイ」であり、「-ン」系の音ではない。これはどう考えればよいのだろうか。
実のところ、「惠」ついては、大きく分けて二種の解字がある。一つは、形声文字と見 なし、音符は「叀(ケイ)」、意符は「心」とする説。もう一つは、会意文字と見なし、二つの意符「叀」と「心」から成るとする説である。どちらが正しいのか、にわかには判断しかねるが、いずれを採るにせよ、「恵(←惠)」自身および「惠」を音符とする字に〈テン〉を打たないことだけは確実だ。これについても、「ケイ」の転音「スイ」をも含めて若干の例を挙げてみると----

《第3群》
  • ケイ=恵(←惠)・蕙・蟪
  • スイ=穂(←穗)

以上、《第1群》~《第3群》に鑑みれば、〈テン〉を打つのは《第2群》の「ハ行」系の字のみ、その他つまり《第1群》の「-ン」系の字や《第3群》の「ケイ」系の字には〈テン〉を打たないこととなる。

念のため、“「穂」は、ふつうハ行で「ほ」と読むのに、〈テン〉無しでよいのか?”との疑問を解決しておこう。「穂」は、もと「穗」と書き、「惠」を音符とすることから、上掲のごとく《第3群》に属する字である。しかも、「ほ」は訓読みであり、音読みは「スイ」。すなわち、本来の字形から見ても、発音からしても、〈テン〉を打ついわれはない。 ここにいう漢字の発音とは、音読みの意にほかならず、訓読みとは無関係の話である。

最後に、小賢しい覚え歌を書き付けておこう。適当にふし節を付けて調子よく記憶しておけば、二度と〈テン〉の有無で恥をかくことはあるまい。

♪ハク・バク・フホボにゃ〈テン〉を打て、-ンやらケイやら〈テン〉は無し♪

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