ことばと文化のミニ講座

【Vol.63】 2012.6   勝又 基

さるかに合戦いまむかし

はじめに

【図1】柿沼美浩・文『日本昔ばなしアニメ絵本2 さるかにばなし』(永岡書店 平成22年〈2010〉)
【図1】柿沼美浩・文
『日本昔ばなしアニメ絵本2 さるかにばなし』
(永岡書店 平成22年〈2010〉)

私には小さい子供がいるので、家で絵本を読み聞かせることがよくあります。本屋さんに行くと回転式のワゴンで売っている「日本昔ばなしアニメ絵本」(永岡書店)というシリーズをよく買います。

自分が幼い時に親しんだ話を読み聞かせるのは楽しいものです。ですが時々読んでいて「あれっ?」と思う時もあります。今回はその中から、さるかに合戦についてお話してみようと思います。

さるかに合戦の、敵討ちの場面を思い出してみましょう。広く知られているのは、こんな話だと思います。

猿が家に帰ってきて囲炉裏(いろり)の火に当たると、焼けた栗が飛び出して猿に当たる。熱い熱いと猿が水瓶のところへ行くと、隠れていた蜂が猿を刺す。猿が家を出ようとすると、敷居のところにいた牛の糞に足を滑らせて転ぶ。そこへ屋根から臼が落ちて来る。まいった猿は、蟹に謝った。

しかし、私が読み聞かせている「日本昔ばなしアニメ絵本」シリーズの『さるかにばなし』では、敵討ちのメンバーが異なっています。【図2】の絵を見て下さい。栗、蜂、臼、ともう一匹(一つ?)いる緑色の物体は何でしょう。これはコンブです。この絵本では、牛の糞の代わりにコンブが登場するのです。

【図2】柿沼美浩・文『日本昔ばなしアニメ絵本2 さるかにばなし』(永岡書店 平成22年〈2010〉)
【図2】同上

なぜコンブなのでしょう?いろいろと想像が膨らみます。「牛の糞は滑りやすい」ということが現代人に分かりにくいからでしょうか?牛の糞が滑りやすいなんて、昭和45年(1970)生まれの私にも分かりません。牛の糞が不潔だからでしょうか?コンブの方がカワイイからでしょうか?

この「日本昔ばなしアニメ絵本」(永岡書店)シリーズ『さるかにばなし』は、本の裏側(奥付〈おくづけ〉と言います)を見ると平成22年(2010)の刊行と書かれています。

この問題は、絵本だけをにらみ続けていても結論は出ません。自分なりの方法で何かの手がかりを得たいところです。方法はいろいろあるでしょうが、私ならこんな時は、できるだけ多くの絵本「さるかに合戦」に目を通します。

東京都立川市にある都立多摩図書館は、明星大学からモノレールで一本で行ける近所にあります。この図書館はとくに子供の本の収集・保存に力を入れており、さいわいにも数多くの絵本を収蔵しています。先日、ここに所蔵されている猿蟹合戦の絵本、約100冊に目を通してみました。そこからいくつかのことが分かってきました。

混沌の時代 ~江戸時代

沢井耐三「『猿蟹合戦』の異伝と流布 ——『猿ヶ島敵討』考——」(「近世文芸」93号 平成23年1月)という論文によれば、江戸時代のさるかに合戦では、今のようなパターンで敵討ちをするものは見いだせないそうです。その代わりに、たくさんの動植物や器物が敵討ちに参加します。

享保期(ほぼ1720年代)のものとされる子供絵本『さるかに合戦』(東洋文庫蔵)では、蛇、荒布(あらめ。海藻のこと)、杵、臼、卵、包丁、蜂が見えます。また同じころの『猿蟹合戦』(大東急記念文庫蔵)には、卵、包丁、まな箸(さいばし)、熊蜂、蛇、荒布、立臼、蛸、くらげが登場します。ヘビや包丁なんて、ちょっと残酷な感じがしますね。

注目すべきは荒布です。形こそ違えど、これこそコンブの加工前の姿です。江戸時代からコンブはかたき討ちのメンバーには一応入っていたのです。ただしそこで果たした役割については記されていません。出口に寝て、猿の足をすべらせる役割を果たしたかは分からないのです。

牛の糞よりコンブが早い?

私が見た本の中で、近代に入ってもっとも早く書かれたのは、明治13年(1880)刊『猿蟹合戦』でした。これは卵、蜂、臼が敵討ちをするものです。順序は詳しく書かれていません。栗ではなく卵が登場しているのも面白いですが、先に挙げた沢井稿によれば、江戸時代までは栗よりも卵の方が登場頻度が多かったそうです。

見た中で次に早いものは、明治20年刊に刊行された尋常小学校の国定教科書、『尋常小学読本』(文部省)巻2です。ここでは、火鉢に卵が、水桶にはカニが、ぜん棚(食器棚)に蜂が、天井に臼が、台所にコンブが隠れます。同じく国定教科書ですが、明治26年(1893)刊『帝国読本』(文部省)巻4も、卵→蜂→コンブ→臼となっています。

つまり少なくとも私の貧弱な調査によるかぎりでは、牛の糞よりもコンブの方が早く登場しているのです。もちろんこのことを断言するには更に精密かつ徹底的な調査が必要ですが、今回はそこまではできませんでした。

しかしこのあと、教科書ではコンブも牛の糞も出てこないパターンが続くようです。明治27年『尋常小学読書教本』巻3、明治43年『尋常小学国語読本』、大正7年(1918)『尋常小学国語読本』、昭和8年『小学国語読本』、昭和16年『コトバ ノ オケイコ』、同年『ヨミカタ』もすべて栗→蜂→臼です。

結末の変化

やや話はそれますが、大正7年(1918)『尋常小学国語読本』にはちょっと注目しておきましょう、その結末は、

ウス ガ オチテ キテ、サル ヲ オシツケマシタ。

コガニ ガ サル ノ クビ ヲ ハサミキリマシタ。

と、蟹が猿の首を切って敵討ちをしたとされています。しかし続く昭和8年『小学国語読本』では、ほぼ同様の内容ながら、結末が次のように書き換えられています。

カニ ハ ハサミ デ、サル ノ クビ ヲ キラウ トシマシタ。

サル ハ トウトウ ジブン ガ ワルカッタ ト アヤマリマシタ。

カニ ハ ユルシテ ヤリマシタ。

猿が謝り、皆が許す、という結末になっています。敵討ちは江戸時代には正当な権利でしたが、明治に入って禁止されました。おとぎ話の世界でも、そうした意識が反映されて行ったのでしょうか。

三者並立時代 ~1960年代まで

ここまで主に教科書について見てきましたが、絵本の世界はどうでしょうか。絵本の世界でも、栗→蜂→臼というシンプルなパターンは優勢のようです。私が見た中では、次のような絵本が在りました。

【栗→蜂→臼】21例
明治27年(1894)『日本昔話三 猿蟹合戦』(博文館)
大正4年(1915)『お伽噺全集 学校家庭講話資料』(小林尚栄堂)
大正12年(1923)『さるかに合戦』(共益商社書店) ※栗ではなく卵。
大正14年(1925)『国語読本を戯曲化せる児童劇脚本』(厚生閣書店)
昭和3年(1928)『日本童話集 上』(興文社) ※敷居につまづく。
昭和3年(1928)『サルカニ』(家内) ※臼と蜂のみ。順序記されず。
昭和4年(1929)『カナ・日本ムカシバナシ』(弘文社)』
昭和5年(1930)『幼児のための人形芝居の脚本』(フレーベル館)
昭和10年(1935)『サルカニ合戦 ウゴクエホン』(不動社)
昭和14年(1939)『サル・カニ ムカシバナシ』(春江堂)
昭和15年(1940)『猿蟹合戦』(春江堂)
昭和17年(1942)『サルカニ合戦』(榎本書店)
昭和17年(1942)『サルカニ合戦』(萩原宏文堂) ※猿を家に招く。
昭和19年(1944)『サルカニカッセン』(昭和出版株式会社創立事務所)
昭和25年(1950)『さるかに合戦』(井川洗涯)
昭和27年(1952)『小学生どうわ一ねん』(宝文館)
昭和31年(1956)『日本どうわ』(誠文堂新光社)
昭和34年(1959)『おとぎ名作劇場 学校劇』(誠文堂新光社)
昭和38年(1963)『ドン・キホーテ 児童劇集』(筑摩書房)
昭和42年(1967)『さるかにかっせん』(集文館)
昭和43年(1968)『きょうのおはなしなあに』(ひかりのくに昭和出版)

しかしこれに対して、コンブと牛の糞も少なからず登場するようになります。その数はほぼ同数です。

【コンブ】9例
大正12年(1923)年『日本昔話』(培風館)
昭和14年(1939)『日本童話宝玉集』(冨山房)
昭和29年(1954)『日本童話劇』(誠文堂新光社)
昭和31年(1956)『日本むかしばなし 4年生』(宝文館)
昭和31年(1956)『少年少女むかし噺』(東光出版社)
昭和31年(1956)『日本むかしばなし』(泰光堂)
昭和31年(1956)『幼児にきかせるお話のたね』(実業之日本社)
昭和37年(1962)『日本むかし話』(集英社)
昭和42年(1967)『さるかに』(盛光社)

【牛の糞】9例
明治43年(1910)刊『新御伽百番 講話資料』 ※蜂の前に鋏が入る。
昭和19年(1944)『あったとさ 思出の夜話』(山田貢)
昭和33年(1958)『教室の民話』(国土社)
昭和33年(1958)『読んで聞かせるおはなし365日』(アジア出版社) ※寝床に針 出てくる。
昭和34年(1959)『うぐいす姫』(ポプラ社)
昭和37年(1962)『日本民話選』(岩波書店)
昭和39年(1964)『つるの恩返し』(ポプラ社)
昭和41年(1966)『いっすんぼうし 日本昔話』(講談社)
昭和42年(1967)『さるかにばなし』(ポプラ社)

この時代までは、コンブと牛の糞とが拮抗していたと言って良いでしょう。

1970~80年代

上に見たような傾向は、昭和45年(1970)あたりを境にして、大きく動いて行きます。
まずコンブがほぼパッタリと出なくなります。昭和42年の『さるかに』(盛光社)以来、私が見た中では、この20年間でコンブを出すものはありませんでした。

また、栗→蜂→臼という本来のシンプルなパターンも、だんだんと数を減らして行きます。これに対して、牛の糞が登場するパターンが大変数を増やして行きます。

【栗→蜂→臼】12例
昭和49年(1974)『子ども名作劇場』(国土社)
昭和49年(1974)『さるかにばなし』(ポプラ社)
昭和52年(1977)『つるのおんがえし どうぶつのでてくる話10話』(朝日ソノラ マ) ※ぬい針も出てくる。
昭和52年(1977)『さるかに』(高橋書店)
昭和54年(1979)『ママお話きかせて 秋の民話』(小学館)
昭和55年(1980)『さるかにかっせん』(学習研究社)
昭和55年(1980)『さるかにかっせん』(偕成社)
昭和58年(1983)『おはなしでてこい』(金の星社)
昭和59年(1984)『さるかにかっせん ももたろう・ほか』(集英社)
昭和60年(1985)『さるかに』(金の星社)
昭和61年(1986)『9月のおはなし』(ぎょうせい)
昭和61年(1986)『世界名作ファンタジー18』(ポプラ社)

【牛の糞】15例
昭和45年(1970)『さるかに』(講談社)
昭和51年(1976)『さるかに』(フレーベル館)
昭和52年(1977)『かちかち山』(集英社) ※ぬい針も出てくる。
昭和53年(1978)『かさこじぞう』(小学館) ※ぬい針も出てくる。
昭和55年(1980)『ばけねことおしょう』(ポプラ社) ※畳針も出てくる。
昭和55年(1980)『日本むかしばなし』(あかね書房) ※ぬい針も出てくる。
昭和56年(1981)『さるかに』(第一法規) ※菜切り包丁出てくる。新潟県の話。
昭和59年(1984)『さるかにがっせん』(フレーベル館)
昭和59年(1984)『まんが日本昔ばなし デラックス版』(講談社)
昭和61年(1986)『日本昔ばなし100話』(国土社) ※畳針も出てくる。群馬県で の聞き取りによる。
昭和62年(1987)『さるかにむかし』(ミキハウス)
昭和63年(1988)『日本おはなし名作全集』(小学館) ※ぬい針も出てくる。
平成元年(1989)『講談社のおはなし絵本館』(講談社)
平成2年(1990)『さるかにむかし しっぽのつり』(偕成社)
平成2年(1990)『さるかに』(ポプラ社)

栗→蜂→臼というパターンより、牛の糞が登場するパターンの方が多くありました。
一つ気づかされるのは、牛の糞が出るパターンにおいて、針もメンバーとして登場するという絵本が多いことです。とくに1970年台、80年台では、ほとんどがぬい針や畳張りを登場させています。

牛の糞独占時代 1990年代~現在

1990年代以降になると、ほぼ全て牛の糞が出るパターンです。
【栗→蜂→臼】というパターンは、見た中では2つしかありませんでした。一つは平成17年(2005)『さるかにかっせん』(くもん出版)です。もう一つは私が読み聞かせをしている絵本と同じ出版社である永岡書店が出していた『名作アニメ絵本シリーズ17 さるかにばなし』です。永岡書店から、昔はコンブが出ないパターンの絵本が出版されていたのですね。

【図3】卯月泰子・文『名作アニメ絵本シリーズ17 さるかにばなし』(永岡書店1994年)
【図3】卯月泰子・文『名作アニメ絵本シリーズ17 さるかにばなし』(永岡書店1994年)

またコンブのパターンも、平成8年(1996)『むかしむかしあるところに』(童話屋)、そして私が子供に読み聞かせしている平成9年(1997)初版『さるかにばなし』(永岡書店)しかありませんでした。

これに対して、牛の糞が出てくるパターンは、次のとおり大多数を占めています。

【牛の糞】17例
平成3年(1991)『こぶとり』(国土社) ※ヘビ、ぬい針も出てくる。
平成5年(1993)『日本名作絵本 11』(TBSブリタニカ) ※つぶ針も出てくる。
平成7年(1995)『さるかにばなし』(世界文化社)
平成8年(1996)『むかしむかしあるところに』(童話屋)
平成10年(1998)『子供に聞かせる日本の民話』(実業之日本社) ※畳針も出てく る。
平成12年(2000)『4歳のうたとおはなし』(講談社)
平成13年(2001)『日本のむかし話 1年生』(偕成社)
平成14年(2002)『2歳からはじめるよみきかせ絵本 日本の名作』(講談社)
平成16年(2004)『むかしむかしね 読む聞く感じる楽しい日本語』(学研)
平成17年(2005)『こどもがよろこぶおはなし50』(フレーベル館)
平成17年(2005)『さるかにがっせん』(世界文化社)
平成20年(2008)『クレヨン王国むかし話』(講談社)※猿を招待する。戸のしんば り棒、卵、たたみ針も出てくる。
平成20年(2008)『さるかにがっせん』(金の星社)
平成21年(2009)『さるかに』(ひさかたチャイルド)
平成21年(2009)『さるかにがっせん』(小学館) ※栗ではなくどんぐり
平成22年(2010)『さるかにがっせん』(あかね書房)
平成23年(2011)『さるかに』(岩崎書店) ※針でてくる。

おわりに

今まで見てきたことをまとめてみましょう。

「さるかに合戦」の敵討ちのメンバーは、江戸時代には登場人物が多く、定まっていませんでした。それが明治期に入って、尋常小学校の教科書の世界では、栗(卵)→蜂→臼、というパターンと、臼の前にコンブを介するパターンとに定まるようになりました。  明治末から昭和45年ごろまでは、、栗→蜂→臼というパターンを中心としながらも、コンブを介するグループと牛の糞を介するグループがある程度の数存在しました。

昭和45年過ぎ、つまり1970年代に入ると、コンブが消え、牛の糞が台頭してきます。平成、つまり1990年代に入ると、栗→蜂→臼、というパターンもほとんどなくなり、牛の糞は完全なレギュラーに定着することになります。

さて、このように江戸時代から現在までの流れを見た上で、もういちど私が読み聞かせている絵本、「日本昔ばなしアニメ絵本」の一作である平成22年(2010)刊『さるかにばなし』(永岡書店)にもどりましょう。

この絵本の絵柄はアニメ風で親しみやすく作られていますが、敵討ちのメンバーにコンブを登場させているのは、さるかに合戦の絵本の歴史からすれば、かなり思い切った人選(?)だと言えるでしょう。

ただ今後、この絵本のおかげでコンブの登場が増えて行くことになるかもしれません。広く愛されている「日本昔ばなしアニメ絵本」は今なお何度も印刷し直されてコンブ登場のパターンを今に伝えています。そして少なくとも私の子供は、さるかに合戦といえば栗→蜂→コンブ→臼、と覚えているのですから。

学科の取り組み