ことばと文化のミニ講座

【Vol.55】 2011.5   古田島 洋介

日本語と英語の擦(す)れ違いー駅の掲示で言葉について考えるー

ささやかな話題ながら、ここ数年ずっと気にかかっている駅の掲示の字句を取り上げてみよう。ただし、単に日本語だけで書かれた掲示は暫く対象としない。それはそれで、興味深い問題もあるのだが。

明星大学日野校は、多摩都市モノレールの「中央大学・明星大学」駅にある。モノレールの各駅には落下防止用フェンスが設置されており、車輌が到着するとフェンスに組み込まれた自動ドアが開き、出発すると閉じるようになっている。乗降客の保護・安全という面では最新の設備なのだろうが、いつでも気になるのは、そのドアに記された注意書きだ。

開くドアにご注意ください Please be careful:Automatic door may open or close at any time.

日本語と英語が併記されている。けれども、一読してわかるように、両者には食い違いが見られるのだ。

日本語で「開くドアにご注意ください」と言われれば、電車のドアに見られる注意書きと同じく、「開くドアに手の指や服の縁(へり)を引き込まれないよう注意せよ」との意味に理解するのがふつうではなかろうか。

ところが、英語のほうは内容が違う。漢文訓読調で「御注意を請(こ)う。自動扉(ドア)は随時(ずいじ)開閉の可能性有り」とでも訳せば何やらもっともらしい雰囲気が漂うが、ぞろっぺえな訳し方をすれば「どうか気をつけておくんなさい。自動ドアはいつ何時(なんどき)開いたり閉じたりするかわかったもんじゃありませんよ」となるだろう。これでは怖くてドアに近寄れまい。

要するに、フェンスの自動ドアに手を着いたり身をもたせ掛けたりしなければよいのだが、この掲示を見るたびに日英両語の擦れ違いがどうしても気になるのである。

いつぞや、同様の設備を持つ都心の地下鉄の某駅で、若い女性がフェンスの自動ドアに寄り掛かっていたところ、警備員がドアから離れるよう注意しているのを目にしたことがある。その光景を想い起こせば、英文のほうこそ真意なのではないかという気もしてくる。乗降客が不快に感じるのを防ぐべく、日本文では露骨に危険性を示すような表現を避けた可能性もあるだろう。かつてシンガポールに赴いたとき、飛行機の機内放送で、麻薬の持ち込みについての注意、いや警告が流れ、私の聴き取りに間違いがなければ、英語では[...will be executed](死刑に処されます)と言っていたのに、日本語では「厳重に処罰されます」とやわらげた表現を使っていた。もしかすると、それと同じような配慮の結果、「開くドアにご注意ください」との字句に落ち着いたのかもしれない。

それにしても惜しまれるのは、タバコに関する掲示だ。JRも私鉄各社も駅構内での全面禁煙を促進したため、甚だ興味深い字句でありながら今は亡き掲示となってしまったので、記憶が薄れないうちに書き留めておくこととしよう。

一昨年前まで、通勤の関係上、西武鉄道拝島線を利用することが多かった。その小川駅で、いつでも次のような掲示を目にしていたのである。

喫煙コーナー Smoking Area

やはり、上に日本語、下に英語が書かれているのだが、「喫煙」=[Smoking]は問題ナシとしても、「コーナー」=[Area]には常に引っ掛かりを覚えていた。なぜ「コーナー」がそのまま[Corner]と記されず、[Area]となるのか。あるいは逆に、なぜ[Area]をそのまま「エリア」と書かず、「コーナー」とするのか。

ほかでもない、これは外国語たる英語[corner]が外来語「コーナー」として日本語に定着した明白な証拠なのだ。本来ならば、英語[Smoking Area]に合わせて、日本語では「喫 煙区域」とでも記すべきところ。その「区域」に「コーナー」を充(あ)てるのは、日本人が「 コーナー」に、英語[corner]にはない「区域」の意味を持たせるようになったためなのである。和製語としての「コーナー」というわけだ。

「区域」を意味する和製語「コーナー」は、すでに脇山怜『和製語から英語を学ぶ』(新潮選書、昭和60年)pp.47-49などで取り上げられているので、目新しい話題ではない。しかし、この掲示のように「コーナー」と[Area]があからさまに同義語として併記された例は、なかなか貴重な資料ではないかと思う。西武鉄道の各駅全面禁煙措置の結果、この掲示が見られなくなってしまったのはまことに残念だ。

似たような字句が、JR青梅線の拝島駅に設置されていた吸い殻入れにもあった。これも今は亡き掲示である。

禁煙タイム No Smoking Hours 7:00-9:00 18:00-20:00

最終行の具体的な時刻については記憶が不正確かもしれない。けれども、これまた「タイム」と[Hours]との相違が興味深いだろう。[Hours]をそのまま「アワーズ」とは書かず、「タイム」と記している。この「タイム」も一種の和製語で、[Hours]の意味を含ませているに違いない。このように「タイム」も外来語として日本語に定着しているのである。英語でも[time]と[Hours]は微妙な関係にあるのかもしれないが。

もっとも、「コーナー」も「タイム」も、もとは歴(れっき)とした英語[corner][time]であり、日本人の造語に係(かか)るわけではない以上、これを和製語と称するのは少し語弊(ごへい)を生じるかもしれない。元来、漢語として「耐える、我慢する」意であった「忍」字に、日本語では「隠れる、人目を避ける」意を付け加えたのと同じく、いわゆる国訓(こっくん)の現象と理解するほうが妥当だろう。漢字ばかりか、英単語にも国訓の現象が生じているのである。日本人が本格的に英語を学び始めた時期を大ざっぱに明治元年(1868)とすれば、それより経(ふ)ること140年余、英語でも国訓が生じていることは間違いないだろう。逆に言えば、漢字の国訓も予想以上に早く生まれて日本語に定着していった可能性を否定できまい。

なお、余談ながら、[time]にまつわる我が無知ぶりを告白しておく。私が幼いころは、遊びを中断するとき、だれもが「タンマ! タンマ!」と言っていた。ところが、あるとき子どもたちが遊んでいるのを見ていると、「タイム! タイム!」と叫んで遊びを中断して いる。それを耳にした私は、〈自分たちが子どものころは、英語[time]の訛(なま)りだとはつゆ知らず、あたりまえのように「タンマ」と言っていた。最近の子どもは、英語教育が普及したことも手伝って、「タンマ」なぞと言わず、そのまま英語で「タイム」と言うように なったのだな〉と独(ひと)り合点(がてん)していた。

けれども、改めて『日本国語大辞典』第8巻(小学館〈第2版〉平成13年)で「タンマ」を調べてみたところ、〈「ま(待)った」の「ま」と「た」を逆にしてつくり出した語かという〉との説明があり、末尾に〈語源説〉として「タメラフ意からか」とも記されているではないか。私は、発音の近似から、長いあいだ「タンマ」は の訛りだとばかり思い込んでいたので、この説明には驚いた。「……かという」「……からか」と記してある のを見ると、いずれも定説とは言えないのであろうが、どうやら“[time]変(へん)じて「タンマ 」とな 為れり”と決めつけるわけにはゆかぬようだ。私と同じ思い込みを抱いている向きは、 ちょっと眉に唾を付けておいていただきたい。

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