ことばと文化のミニ講座

【Vol.52】 2010.12   柴田 雅生

判じ絵と言葉

判じ絵とは

判じ絵A
判じ絵A

この秋に開催された大学祭(星友祭)で、学科の自主研究会の一つである日本語研究会では、昨年に続き、展示テーマの一つとして江戸時代の判じ絵を扱いました。判じ絵とは、絵で示されたものを読み解くなぞなぞです(なお、判じ絵という呼び方は江戸時代にはまだなく、もっぱら判じ物と言われていました)。

例えば、右の判じ絵Aは、椅子が逆さまに描かれた絵で「すい」、物干しの半分の絵で「もの」、合わせて「すいもの(吸い物)」と読み解きます。

判じ絵は江戸の後期のものが比較的多く残っていますが、研究会でも独自の判じ絵を考案して、来場の方に解いてもらいました。判じ絵Bがそれです。葉に半濁点で「ぱ」、「空」字の上半分で「そ」、狐の鳴き声から「こん」、つまり「パソコン」と読み解きます。

判じ絵B
判じ絵B

これらの例からもわかるように、判じ絵には一定のパターンがあ ります。岩崎均史氏の『江戸の判じ絵』(小学館、2004年)によれば、読み解き方のパターンは基本的に5つあると言います。

  1. (1)しゃれ・だじゃれ(同音異義語に置き換えるもの)
  2. (2)文字抜き(絵の一部分が消えているので、その部分を抜いてよむもの)
  3. (3)逆さ読み(絵が逆さまに描かれているので、逆さまによむもの)
  4. (4)濁点・半濁点(濁音・半濁音にしてよむもの)
  5. (5)擬人化・状況の絵画化

判じ絵Aは(2)(3)の組み合わせ、判じ絵Bは(1)(2)(4)の組み合わせということになります。

判じ絵における絵と文字

さて、さまざまな判じ絵を見ていくと、絵だけではなく文字が記されるものがあることに気がつきます(山東京伝の煙草入れの広告のように文章の一部に判じ絵をとりこんだものは除くことにします)。判じ絵ですから文字をそのままよむのではなく、一ひねりしたよみをするためです。例えば、「し」の仮名を四つに俵の下半分の絵で「四し+はら=よしはら(吉原)」とよませたり、「粟」という漢字一文字で「あは+字=あはじ(淡路)」とよませたりといった具合です。文字のままよませたのではなぞなぞになりませんから当然でしょうが、ここに絵と文字が同じように扱われている様子を見ることができます。

絵と文字が同列に扱われることは、前述の(4)の絵に濁点や半濁点を付けるパターンが最たる例と言えます。ただし、濁点・半濁点の対象は絵に限られ、文字には加えられません(わずかに例外あり)。まさに文字の代わりに絵で表現していると言ってよいでしょう。

判じ絵から垣間見えること

興味を惹かれるのは、断片的ですが、絵を通して文字やことばに対する認識を垣間見てとれることです。

例えば、

  • 「廿」という漢字(十が二つ)に箕(み)の絵 →とお+とお+み=とおとうみ(遠江)
  • 火が憎らしいという絵 → ひにくらし=「日」に「暮(くらし)」=日暮(里)
  • 田が逆さまに描かれている絵 → 「たんぼ」をひっくり返して「ぼたん(牡丹)」
  • 主人が街道を歩く絵 → 主街道=しゅ(う)かいどう(秋海棠)
  • 石を持っている人が礼をする絵 → れい(礼)+いし(石)=れいし(茘枝)

などです。

庶民の間でも、「廿」という漢字が「十」の組み合わせであると理解されていたことや「日暮里」という漢字表記が定着していことがわかります。また、三番目の例では、「たんぼ」という言葉が「たん」と「ぼ」に区切られると意識されていたと考えられます。「秋海棠」と「茘枝」の判じ絵は当時の発音をうかがわせる例です。他愛ない遊びとはいえ、いや他愛ないからこそ、無意識のうちにあらわれ出たこととして意味を持つのではないでしょうか。

判じ絵について、現在、簡便に見ることができるのは、上述の岩崎均史氏がまとめられた書籍が代表的です。そこで紹介されている判じ絵の種類も年代も、そして、なぞなぞとしての難易度(現時点ではあくまでも現代の視点からですが)も一様ではありません。一括して論ずることはまだ困難かもしれません。しかし、これらの絵を読み解くことを通して、その背後にある当時のことばや文化、社会について考えてみることは、現代にも通ずる日本文化のありようを解く鍵となり得ると思います。今後も判じ絵やそれに類似するものに注目していきたいと考えています。

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