ことばと文化のミニ講座

【Vol.48】 2010.7   内海 敦子

言語を調べるときはどうするの?—記述言語学の現地調査の方法—

前回(第38回)の講座では、多くの言語が数千人あるいは数十万人までの少数の人々によって話されていること、それらの言語は消滅の危機にあるものが多いことを書きました。そして、これらの少数民族言語の調査をするためには、研究者が自ら言語が話されている地域に行って、媒介言語を用いて調査すること、そうしないと少数民族言語が記述されないまま消え去っていく可能性があることも書きました。

今回は、上記のような研究をする言語学の分野、記述言語学の現地調査の方法について書いてみたいと思います。まず、調査をするときに必要なものは何でしょうか。

前回書いたように、現在では媒介言語を用いて調査することが普通です。少数民族語の話者は仕事をして稼いで生きてゆくため、もう一つ別の広く用いられている言語を使えることが多いのです。この言語を研究者が知っていれば調査できるわけです。このように研究対象となる少数民族語の話者が知っている言語で、研究者も使える言語が媒介言語です。例えばアメリカ先住民(いわゆるアメリカ・インディアン)の言語を調査するときは英語を使います。アフリカの東部ですとスワヒリ語か英語を媒介言語とすることが多いでしょう。ですから、第一に必要になるのは、媒介言語の知識です。

第二に、調査をした内容を記録する道具です。一番シンプルな道具は鉛筆やボールペンと紙です。モバイルパソコンが進化した現在でも、鉛筆と紙を持たないで現地調査する人はほとんどいません。私は日本にいるときは、データの分析や論文の執筆にパソコンを使いますし、他の書類を調えるときもパソコンで行います。ですが、一ヶ月くらいの現地調査期間中、一日6,7時間は紙にシャープペンシルでデータを書いてます。間違った情報はすぐに消せます。大事な情報には色をつけたり大きく書いたり、自在にできます。ちょっとした分析もノートの端に書き付けておけます。やはり紙と鉛筆(あるいはシャープペンシル)が調査には一番便利だと思います。

鉛筆と紙の他には、音声を録音するための機材が必要です。録音機器はこの二、三十年の間に飛躍的な進化を遂げました。1980年代まではカセットテープとテープレコーダーを持って録音するのが普通でした。その後、DAT、MDなどが出てきて、今はデジタル録音が主流になりました。音質にこだわらなければ、50グラムほどの機械に10時間分の録音ができたりします。ただし、消滅に瀕した言語の場合、できるだけよい音質を永久に保存しておきたいですから、最低16ビットで録音します。その録音する媒体もSDカードなど、とても小さくて軽いものです。カセットを山ほど持っていって、重いテープレコーダを担いでいく以前とは比べ物にならない手軽さで、三十年前には想像できなかった良い音質の録音ができるようになりました。

それでも現地調査には録音に不向きの場所も少なくありません。屋外で録音するときは、マイクに風の音や周りで飼っている家畜の声が入ることも多いのです。ですからマイクの性能も重要です。マイクに風の音が入らないようにふわふわした消音機材をかぶせる必要もあります。

鉛筆と紙で記録したものも、音声のデータも、大抵の調査者は現地でパソコンに打ち込んだりして情報を処理していきます。ですから、今となってはパソコンも調査の必需品になりました。

これらの録音機材やパソコンは電力が要ります。録音機材だけですと電池を使えば何とかなりますが、パソコンには必ず電源が要ります。それから、夕方以降に勉強するときには明るいライトが要ります。調査する場所によっては電気が来ていなかったり、来てはいても不安定で停電に頻繁になるところがあります。それから電気が来ていないので、自家発電といって、それぞれの家に備え付けた発電機で起こした電気を使う地域もあります。この場合、日が落ちてから夜寝るまでの数時間のみ、電力が使える状態になりますが、パソコンを長時間使うことは難しいです。こういった地域では、自家発電のための燃料を研究者が購入し、バッテリー(自動車のバッテリーを流用していることもある)にためて一日中使える状態にすることもあります。苦労しているんです。

ですから、まったく電気を必要としない鉛筆と紙。本当に便利で頼りがいがあるのですね。

第三に必要なのは、調査に協力してくれる少数民族言語の話者です。若いともうちゃんと話せなかったり、年をとりすぎていると耳が遠かったり歯が抜けていたりで調査に不向き。アルコールをいつも飲んでいる人は不向きですし、約束の時間に来てくれない人もだめ。すぐに飽きてしまう人はこなくなります。流暢に話せて年をとりすぎていない年代の人は四十代から五十代のことが多く、この年代は家族を養うため仕事をバリバリしていますし、仕事でも重要な立場だったりして研究者の調査の付き合う暇がない・・・と、これも適当な人を探すのに苦労します。

以上の三点がクリアできれば、何とか調査を始められます。ですが、できれば研究対象言語とよく似た言語の知識もほしいですね。それから、効率よく調査を行うためには、あらかじめ何を訊くべきか整理した「調査票」が必要になります。

全く知られていない言語の場合、まず行うのが「語彙調査票」を用いて調査対象言語の語彙を集めることです。研究対象言語がどの語族に属しているか、つまりほかのどの言語と兄弟あるいは親子の関係にあるのかを調べるためには、「基礎語彙」が大変重要です。「基礎語彙」とは、身体の各部分の名称、親族名称、「空」「木」など自然にかかわる基本的なことば、「歩く」「食べる」「寝る」など基本的な動作を表すことば、「明るい」「大きい」など基本的な形状を表すことば、数詞(数を表すことば)、などが含まれたものです。「基礎語彙」は長い年月が経っても、他の言語からの借用が増えても、変化しにくいのです。

他の言語からの借用は、世界中の言語間で頻繁に行われています。他の文化からきた目新しいものを表すことばは、他の言語の呼び方が発音だけ少し変えて入ってくるものです。たとえば日本語の「津波」や「柔道」、「カラオケ(空のオーケストラという意味で、後半は英語を略したものですが、日本で出来た複合語です)」、「寿司」はいまや世界中で用いられています。世界中の言語が日本文化に由来するもの(「津波」は自然現象ですが)を表すことばとして、日本語のことばを取り入れたわけです。逆に、私たちが話している日本語にも世界中のことばが「借用」されて入っています。「テレビ」「パソコン」「CD」「キッチン」「スイミング」など、いろいろな分野に英語起源のことばが日本語風に発音を変えて入ってきています。その他フランス語から「カフェ」や「マカロン」、ドイツ語から「カルテ」や「アルバイト」などが入ってきています。でも何といっても一番日本語に影響を与えた言語は中国語ですね。基礎語彙のうち、数詞はほとんど中国語に置き換えられてしまいました。元々の日本語はわずかに「ひとつ」「ふたり」「とおか」など、助数詞がついた場合に用いられるだけで、普段ものを数えるときに使う「いち、に、さん、し、ご、ろく、しち、はち、きゅう、じゅう、せん、まん」などは全部中国語起源です。その他、漢語ぬきにして私たちの生活は成り立ちません。

このように他の言語の影響をたくさん受けている日本語ですが、基礎語彙のうち、身体名称や親族名称、自然を表すことば、基本的な動作や形状を表すことばは、やはりほとんど他の言語の影響を受けていません。

ですから、基礎語彙をいくつかの言語間で比べたとき、その音と意味が類似していれば兄弟関係にある言語だということがわかります。例えば英語と近い関係にあるドイツ語は基礎語彙が70%程度共通していると言われています(もちろん、発音はそれぞれ英語風だったりドイツ語風だったりしますから全く同じ発音ではありません)。言語の系統関係を調べる際、「基礎語彙」は最も頼りになる道具なのです。

残念なことに日本語と基礎語彙が著しく共通する言語は沖縄で話されている琉球語各方言のほかにはありません。血のつながった言語がない孤児のようです。言語学ではこういった言語を「孤立語」と呼びます。日本語だけではなく、北海道のアイヌ語や、スペインやフランスで話されているバスク語や、パキスタンなどで話されているブルシャスキ語なども系統関係が不明な「孤立語」とされています。

系統関係が明らかな場合、ひとつの語族として認定されます。一番有名なのは18世紀終わりに系統関係が発見され、一番研究の進んだ「インド・ヨーロッパ語族」です。2000年くらい前のラテン語、ギリシア語と、インドの古代語サンスクリットがあまりにも良く似ていることから、インド在住のイギリス人Sir William Jonesによってこの系統関係が「発見」されたのです。

オーストロネシア語族という語族は、アフリカ大陸の東にあるマダガスカル、インドネシア、フィリピン、台湾原住民、ミクロネシア、メラネシア、ニュージーランド(マオリ族)、イースター島などを含む広い地域で話されている語族で、たくさんの言語(一説には1200)を擁しています。これらの言語がオーストロネシア語族であるという証拠は、やはり「基礎語彙」の類似から来ているのです。身体名称や親族名称のほか、熱帯に生息する「サトウキビ(*tebuh)」「ヤシ(*niuγ)」「アオウミガメ(*penyu)」などのことばの他、「帆(layaγ)」「カヌー(*vangkang, *bangkah)」などの語彙が広い地域の多くの言語に共通していることから、ある言語の話者が海を渡って移住を繰り返した結果、広い地域に少しずつ形を変えて定着してのだということが分かったのです。(*印がついたものはオーストロネシア語族のすべての言語の元となった祖語(祖先にあたる言語)の形と推定されていることを示します。)

ですから、現地調査で「基礎語彙」を調べるのはとても重要なことです。

その他に基礎語彙を集めることによって分かることがあります。それはその言語の音声であり、音韻(意味の区別?をする音の単位)です。その言語の音がどのようなものか、慣れ親しんでおかないと会話も聞き取れないし長い文章などは理解できません。最初の段階でその言語の音の体系がどうなっているのかを確実にしておく必要があるのです。

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