ことばと文化のミニ講座

【Vol.43】 2009.12   服部 裕

「映画研究会」09年度の活動に寄せて

ヒーロー不在の戦争映画

言語文化学科では正規の授業とは別に、学科教員の指導の下で学生が主体的に取り組む研究会活動を行っています。わたしは「映画研究会」の顧問を務めているのですが、今年度は「映画は戦争を描けるか?」というテーマで、戦争を題材とする映画の中から質の高い作品を選んで鑑賞会を重ねてきました。その中で特に強い印象を残したのは、バフマン・ゴバディ監督の『亀も空を飛ぶ』(イラク、2004年)とクリント・イーストウッド監督の『父親たちの星条旗』(アメリカ、2006年)および『硫黄島からの手紙』(アメリカ、2006年)の三作品でした。

『亀も空を飛ぶ』は、アメリカによるイラク攻撃直前のイラク・クルド地域の生活を、そこでしたたかに生きる子供たちの視点から描いた作品です。大人の無能さと子供の逞しさに光を当てつつ、いずれをも飲み込んでしまう強大な権力と戦争という現実のあまりの苛酷さを、一切の感傷を排して描ききった秀作です。

クリント・イーストウッド監督の二作品は、硫黄島における日米の戦闘を、アメリカ側と日本側の双方の視点から描くという極めて異色の方法を採用しています。史実に基づく映画ですから、もちろん激烈な戦闘シーンを映画の中心に配置せざるをえないわけですが、それにも拘らず監督の意図は、決して戦争スペクタクル映画の制作にあったのではありません。むしろ、歴史に名を残すことのない兵士たちの現実を描くことで、多くの戦争映画が陥ってしまう「ヒロイズム」を否定することこそが作品のテーマなのだと言えます。アメリカ側にしても日本側にしても、兵士を追いつめるのは敵ではなく、それぞれが命を捧げる国家なのです。ですから、擂鉢山に星条旗を立てた兵士たちを戦争高揚のために「英雄」に仕立てようとする国家(合衆国政府)の意図を、本人たちは拒否します。

他方、日本側の主人公である一兵士は軍規に従いながらも、当初から「日本兵の鑑」として「玉砕」することなど少しも考えずに、生きて家族のもとに帰還しようという強い意志を(開明的な司令官の配慮に支えられて)貫き通します。

この二作品は戦争をモチーフとしていながらも、戦争そのものではなく、名もなき兵士たちの姿とその苦悩を「アンチ・ヒーロー」の具象として描こうとしていると言えるのです。

戦争映画の「罠」

日本映画界でも、近年戦争を題材にした映画はよく制作されています。しかし残念なことに、どの映画も「感傷的ヒロイズム」という戦争映画の「罠」にまんまと嵌っています。いいえ、そうした映画にとっては、「感傷的ヒロイズム」こそが最大のテーマなのかもしれません。そのような映画には、一人ひとりの人間の真実と苦悩のリアリティは望むべくもありません。

戦争の悲惨さを描くはずの戦争映画にとって、戦争の現実と人間の苦悩を描くことは如何にむずかしいことか!このパラドックスは、大多数の戦争映画が陥ってしまう「感傷的ヒロイズム」に起因するのではないでしょうか。戦争の残酷さを描くはずの戦争映画が、戦争の惨状を映しつつ、実は結果として戦争を「賛美する」ような映像表現に堕してしまうことはよくあることなのです。

上で紹介した三つの作品は、そんな戦争映画の「罠」を見事に回避した稀有な映画だと思います。皆さん、戦争映画を鑑賞するときは、この「罠」に気をつけて観てください。

学科の取り組み