ことばと文化のミニ講座

【Vol.42】 2009.11   柴田 雅生

外来語再考

通りすがりのラーメン屋に、三つのノボリが立っていました。「白味噌ラーメン」「赤味噌ラーメン」そして「ブラック味噌ラーメン」です。実際に食べてみたわけではありませんが、三番目だけがなぜ「ブラック」なのか不思議に感じます。「黒味噌ラーメン」でもよいのにと思いましたが、どうやら特別に「ブラック味噌ラーメン」と名乗り、それを登録商標として申請しているようでした。

ここで料理や商標について論ずるつもりはありません。「黒」という和語に対して「ブラック」という外来語が当たり前になっているという事実を指摘しておきたいだけです。この例に見るまでもなく、わたしたちの身の回りには外来語がたくさん使われています。特別の意識をもたずに多くの外来語を使い、そして、聞いて理解しています。中にはあまり聞き慣れない外来語もあり、それらは意志疎通を妨げるために使用を慎むべき語として指摘されたりもしますが、これも外来語全般の普及の一断面とも言ってよいかもしれません。

外来の言葉の受け入れ方

ところで、外来語という言い方には、中国から古い時代に入ってきた言葉(漢語)は含まれません。主として明治以降に欧米からもたらされた言葉を指して言います。漢語も外来語もともに日本の外から入ってきた言葉(外来の言葉)ですが、日本語の歴史において明確な違いを見いだせるため、区別して用います。中でも、言葉として流入すると同時に文字(漢字)を日本語にもたらしたことが、 外来語にはない漢語流入の大きな背景と言えましょう。このほかにも外来語と漢語の違いを多く挙げることができます。その一例がどのような発音の語として受け入れるかです。

外国語を取り入れる際には、音の種類による違いはありますが、発音はおのずと日本語に近づきます。例えば、中国語の「東」という文字はかつて[tuŋ]であったと考えられます(麻雀牌の呼び名にその片鱗が残ります)。しかし、かつての日本語ではこれをトウという仮名で示される発音として受け入れました。仮名ウの発音について議論の余地は残りますが、仮名で示せばトウとなる段階で既に日本語に近づいていることになるわけです。外来語でも同様に、例えばcake[keik]がケーキ[ke:ki]となり、sweater[swetər] がセーター[se:ta:]となるなどして、発音の日本語化が起こりました。このことは発音体系が異なる言語の間では必ず起こる現象です。

しかし、漢語の場合には、日本語としての歴史も長いためもあって、受け入れの後も発音に変化が生じます。その代表がクヮ[kwa]やグヮ[gwa]、クヱ[kwe]、グヱ[gwe]といった漢語ならではの発音が衰退したことです。これらの発音を合拗音と言いますが、元日(グヮンジツ)や今月(コングヱツ)などが、鎌倉時代ごろから少しずつ変化してガンジツやコンゲツとなります。この変化はゆったりとしたものだったらしく、江戸時代後期ごろにようやく一通りの変化が完了したようです(現代の方言に残存する例もあります)。

外来語の受け入れ方と発音

『英語から生まれた現代語の辞典』(1930年大増補改訂版)「スタディ」と並んで「スタディアム」という語が見えます。
『英語から生まれた現代語の辞典』
(1930年大増補改訂版)
「スタディ」と並んで「スタディアム」という語が見えます。

これに対して、外来語は、明治初期を中心としたさまざまな受け入れ方を除けば、基本的には発音を日本語化する方針で取り入れられ、その後の変化はほとんどないと言ってよいようです。

明治初期には、耳から聞いた発音(ハツ(牛の心臓、heartから)、ウェス(ぼろきれ、wasteから)など)が定着したり、アルファベットの綴りをそのまま読んだような発音(アイロン(iron[aiərn] )、ラジオ(radio[reidiou])など)が普及したりもしました。しかし、文明開化によって外国との交流が一気に進んだ時代の話ですから、結果としてさまざまに取り入れたことは当然とも言えます。外国語を日本語に取り入れる方針が固まれば、あとはそのルールに従って必要な語を受け入れ、外来語として使用するだけとなったと考えられます。

ところが、発音を日本語化するといっても、漢語のクヮなどと同様、簡単には日本語の発音に置き換えられない場合も出て来ます。外来語特有の発音がそれです。現在、シェ・チェ・ツァ・デュ・ファ・ウィなどといった書き方で示す発音は、明治の頃には一般的ではありませんでしたが、次第に普及してゆき、1991年に告示された『外来語の表記』では、外来語の一般的な表記法として示されました。事実、これらカタカナ二文字による書き表し方は、よほどのことがない限り外来語以外には使いません。外来語を大量に取り入れることができたのも、日本語の既存の発音と表記に加えて、このような外国語由来の発音ならびにカタカナ表記を許容するようになったことが大きく作用していると言えます。

とはいえ、外来の言葉の先輩である漢語と比較すれば、外来語はまだ定着しつつある段階に過ぎないと言えるかもしれません。日本語には取り入れたものの、その発音は多くの単語においてまだ外国語由来であることを示しています。日本語の中で外来語がさらなる発音の変化を遂げるには至っていません。漢語並みになるには、漢語においてクヮがカとなったように、例えばツィがチなどに変化していくことが必要かもしれません。しかし、五、六百年かけて起こったクヮ→カの変化と同じことを現代の外来語に期待するのは早計に過ぎるでしょう。また、漢語とは受け入れた時代背景が異なりますので、漢語に類似した現象が起こるとは限りません。もう少し外来語の様子を見る必要があることは言うまでもありません。

和語・漢語・外来語と連濁

このほかにも外来語と漢語の発音に関する違いとして、連濁現象を挙げることができます。

日本にもともと存在していた言葉を和語と言いますが、和語において連濁は珍しい現象ではありません。例えばフデ(筆)とハコ(箱)を組み合わせて一語にすると、フデバコ(筆箱)となって後半部分の最初の音が清音から濁音に変わります。言葉が連なって濁音となることから連濁というわけです。例外も決して少なくないのですが、アイアイガサ(相合傘)・ウスズミ(薄墨)・ワタリドリ(渡り鳥)などと、身近なところに数多くの例を見つけることができます。漢語でも、雪景色(漢語ケシキはもとは「気色」)、薄化粧(化粧が漢語)、飴細工(細工が漢語)、衣裳箪笥(衣裳・箪笥ともに漢語)、浅知恵(知恵が漢語)、水不足(不足が漢語)などを挙げることができます。連濁を起こさない例も相当の数にのぼりますが、連濁の例を探すことはそれほど難しいことではないようです。

では、外来語はどうか。これがなかなかに見つけるのが困難と思われます。雨ガッパ(カッパはcapa、ポルトガル語から)や長ギセル(キセル(煙管)はkhisier、カンボジア語から)、赤ゲット(ケット(毛布)はblanket、英語から)が思い浮かぶものの、後が続きません。現代において一般に使用されているのは「雨ガッパ」ぐらいでしょうか。細かな検証は必要ですが、連濁においても外来語は他の和語や漢語と一線を画していると言えるでしょう。

外来語の将来

漢語との比較を視点として改めて外来語の発音を見てきましたが、少なくとも発音の観点からは外来語はまだ定着の途上にあるとも言えると考えます。外来語として受け入れはしたが、日本にもともと存在した和語や早くに中国から取り入れた漢語とはまだ大きな違いがあり、外来語は日本語においてまだ一人前の扱いをされていないとも言えましょう。外来語は大量に使われていますが、その実はまだ浸透しきっていないのです。

しかしながら、外来語の大量流入が続けば、異なる将来を考えることもできるかもしれません。それは外来語が日本語の発音を変えるという想定です。けれども、よほどのことがない限り、日本語の発音が簡単に影響されることはないでしょう。影響を受けるには、外からの力が働くだけでなく、日本語の内部に変化する理由が必要です。その理由が何であるのか、そもそも存在するのか。少なくとも現時点では見当たらないと考えてよいと思うからです。

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