ことばと文化のミニ講座

【Vol.41】 2009.10   元本学科教員 上原 麻有子

ヨーロッパにおける「翻訳」ということばの起源

今回は、ヨーロッパに目を向けて翻訳の話をしてみたいと思います。日本語の「翻訳」に相当することばは、西洋の言語にも当然あります。ここで取り上げるのは、ギリシャ語、ラテン語、フランス語ですが、前者二つの言語から発生した「翻訳」ということばの古代における意味、そして言語間に見られる意味のずれや移り変わりなどについて考えてみます。みなさんにとっては、習ったことのない言語ばかりでしょう。また、今回のテーマは特殊で専門的なものですから、少し難しいかもしれませんが、言語から言語へと移動しながら作られることばというものの不思議さを、少しでもみなさんが発見してくれることを期待しています。

主な参考文献は、2004年にフランスで出版された『ヨーロッパ哲学用語事典—翻訳不可能語辞典』(Vocabulaire européen des philosophies-Dictionnaire des intraduisibles, Le Robert et Seuil)です。

ラテン語からフランス語へ

フランス語で「翻訳」はtraductionといいます。(参考までに、英語ではtranslateです。)その動詞形はtraduireで、意味は「ある言語から他の言語へ移す」です。この動詞は、16世紀に、ラテン語の「その先の方へ導く」というような意味の動詞traducereが、フランス語化したものです。ラテン語においてもフランス語においても、「翻訳する」という意味のことばは、最初からきちんと存在していたわけではないのだということがわかります。

もともと、フランス語は、民衆の話す俗ラテン語が徐々に変化してできた言語です。5世紀後半に最初の王朝が始まって以来、中世のフランスでは、公用語はラテン語でしたし、また学問や宗教の世界でもラテン語が使われていました。

traduireということば自体とその意味が生まれるまでの歴史のなかで、ラテン文化はフランス語にとって決定的な役割を果たしました。一方で、ラテン文化も自らの言語の生成過程において、ギリシャ文化を取り入れてきたのです。ヨーロッパの歴史の起源は、紀元前7世紀から数世紀にわたって栄えたギリシャ文化にあるといわれています。また、ラテン文化は、ローマ帝国で、紀元前1世紀から紀元後2世紀頃にもっとも発達しました。

ギリシャ人は翻訳しなかった

翻訳するためには、少なくとも2つの言語が必要ですが、ギリシャ人は、外国語の存在を認識していながらも、「言語」(ロゴス)と呼ぶべきものはギリシャ語しかないと考えていました。このことは、ギリシャ語のhellênizein(hellên[ヘレン] の部分は形容詞で、「ギリシャの」の意味)という動詞の意味と関係があるそうです。「ギリシャ語を話し、また、きちんと話すことができ、自由な教養ある文明人としてふるまう」という意味です。  ところで、ギリシャ語には、いわゆる「翻訳する」という意味の動詞は、存在しませんでした。要するに、ギリシャ人は翻訳しなかったのです。しかし、今日「翻訳する」と訳してもいい動詞は複数あります。例えば、apodidôi。「翻訳する」と訳せますが、その文字どおりの意味は、「しかるべき人に与える」「返す」「(交換によって)与える」「渡す」などです。また、先ほど出したhellênizeinが他動詞として使われる場合は、当初「ギリシャ語を学ぶ」、(「外国人を)ギリシャ化する」という意味でしたが、後に「ギリシャ語で説明する」ということも示すようになります。これは、本質的に「聖書を翻訳する」ことでした。言い換えれば、ヘブライ語で書かれた旧約聖書が、紀元前3世紀、ギリシャ語に翻訳されたことによって新しい使用が加わったということです。実は、聖書翻訳は、キリスト教のヨーロッパ世界への伝播には不可欠な出来事だったのですが、その裏では、 ギリシャ語とラテン語における「翻訳する」という語とその関連語彙の形成にも、深くかかわってきたのでした。

もう一つの例は、「輸送」や「変化」を意味するmeta-のつく一連の動詞についてです。これは、metapherein(運ぶ、移し替える、比喩的に使う、戻す)、metaphrazein(言い換えて説明する)、metagraphein(テキストを変える、偽造する、転写する、複写する)などですが、どれも言語で表現する働きを示しています。このように、古典ギリシャ語において「翻訳する」という意味は、言外のものとしてしか受け入れられていなかったようです。

それでも、「翻訳する」に一番近い考えを表していた語は、hermêneueinという動詞でしょう。意味は、「解釈する」「説明する」「表現する」で、フランス語ではinterpréter (英語ではinterpret)にあたります。

ラテン語の洗練と翻訳

次に、ギリシャ語からラテン語への翻訳をとおして、どのように「翻訳する」ということばが発展していったのか見てみましょう。翻訳の歴史の中心は、古代から今日まで、いつの時代も、「いかに翻訳するか」という問題を議論することにあるともいえます。古典ラテン語時代の翻訳法は、近代になって規定された翻訳法の基準を満たすようなものではありませんでしたし、しかも、翻訳をどのように行い、進めるかというプロセス自体、きちんと定められてはいなかったのです。

ラテン文化において、翻訳が始まり、その意味を表すことばも作りだしました。ラテン語の動詞、convertere(変える)、exprimere(外に出す)、transferre(移す)、interpretari(説明する)、imitari(まねる)などは、その例で、どれも、今日私たちが知っている「直訳」とか「翻案」を意味しました。「翻案」とは、ギリシャの文学作品などをモデルに自由に造り変えてしまうことです。しかし、これらの動詞の使用をとおして、今日、「直訳」と「文学の翻案」の間の明らかな違いを見分けることは難しいといいます。それは、古代ローマ時代の翻訳の問題が、聖書が翻訳されるようになった2世紀以降の問題とは異なるものであったということです。 聖書翻訳以降は、忠実に再現することを翻訳の原則とし、文字ではなくその表す意味に忠実であろうと努めるようになりました。このことが、ラテン語に文学的な表現や語彙を作り出すなどして、これをいかに洗練するかについて考えるきっかけとなったわけです。

外ギリシャ文化からラテン文化への翻訳

ラテン語における「翻訳」のための決定的要因は、すべて、ギリシャ文化の受容にありました。ギリシャ文学を翻訳するにあたっては、意味不明で理解できないラテン語表現となってしまうのを恐れて、新しいラテン語を創造しなければなりませんでした。ギリシャからローマへの「移動」は、文化的成果としての移動に限られるものではありません。

ローマの哲学者・政治家のキケロ(前106-後43)は、偉大な哲学を生んだ ギリシャからその優位性を奪い取り、ローマへ移してしまおうと考えました。この考えに関係してくるのが、すでに示したtransferreという動詞です。「意味を移す」ことを示す動詞ですが、この移動によって、「比喩/メタファー」が発揮されることになりました。キケロは、翻訳行為と比喩創造の両方を、このtransferreで言い表し、「翻訳する」ことと「書く」ことの関連づけをしたのです。つまり、比喩の発展についての考察を翻訳に適用したのです。ギリシャの哲学者、アリストテレス(前384~前322)が、比喩とは言語を豊かにする過程だと述べたことに基づいているのでしょう。

キケロは、翻訳を「まぎれもない創造行為」であると定義します。「翻訳する」ことが不要であったギリシャ人は、すでに見た動詞のmetaphereinのなかに、「翻訳する」という意味の可能性を探ったりしませんでした。キケロは、transferreの多義性について考えましたが、これはラテン文化において考慮されたものであって、ギリシャ文化の視点からは見えてこないものでした。

キケロも言っているように、「翻訳する」とは「輝き」をもたらすことです。それは、ことばを、なじみある本来の使い方ではなく、外国語からの借用語として使うときに見られるような効果にでもなぞらえればよいでしょうか。外国語からの借用は、ある言葉が自分の言語に欠けているときに行われます。借用語は外国語として入ってくるのではなく、行き先の言語が自分の言語であるかのようにそこに落ち着いてしまいます。このようにして、metaphereinというギリシャ語を受容し、transferreをとおして、「翻訳する」ことと「比喩」を使うことが関連づけられたのです。ある言語から他の言語への変更ではなく、同一言語のなかで、ギリシャ文化からラテン文化へ意味が移されます。その結果、ことばや表現の移動と借用が行われ、そこに「輝き」が生まれた、つまり明確な理解に到達できたのです。

ヨーロッパにおける「翻訳」ということばの起源について説明しましたが、これはまだ、ほんの一部にすぎません。「翻訳」の問題は、こんな角度からも考えることもできるのです。それでは、また次回、つづけたいと思います。

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