ことばと文化のミニ講座

【Vol.32】 2008.11   元本学科教員 上原 麻有子

翻訳から気づく日本語-1外国語ができれば翻訳はできるのか

大学の教員になる以前、通訳や翻訳の仕事をしていたことがあります。翻訳は、基本的には原文の文章を一字一句もらすことなくもう一つの言語で表現し直しますが、通訳の仕方は技術的に翻訳と異なり、それほど厳密に一字一句すべてをもう一つの言語で言いかえる必要はないようです。口頭で訳す時間は限られていますので、要約で構わない場合もしばしばあります。ただ、外国語を理解して、それを日本人ならば日本語に置きかえるという点においては翻訳も通訳もどちらも同じです。

あるとき、通訳を依頼してきた日本人のお客さんにこんなことを言われました。私はフランス語が専門なのですが、「フランス語ができるから、通訳なんて本当に簡単でしょう。フランス語が耳から入ってきたら自動的に口から日本語が出ていくんでしょう」と。これについて、みなさんはどう思いますか。私自身は、非常に驚きました。というのも、通訳の仕事はそのような自動翻訳機のようにすらすらできるものではないからです。毎回仕事の依頼がくると、当日の仕事の内容に関する資料を提供してもらい、さらに関連する分野について勉強し、専門用語や表現を調べ日本語とフランス語の両方で同じことが言えるようにするなど最大限の準備をします。それでも、理解できないことがあったらどうしようかと心配が絶えないものなのです。では本番での通訳はどのようにするのでしょうか。まず、フランス人の話を集中して聞き、十分に要点や話の方向性をつかんだ上で日本語に訳します。日本人の話を訳す場合は、これを逆方向にして同じ要領でフランス語にします。つまり、通訳は相当に頭と神経を使う仕事だということです。

従って、「フランス語ができるから通訳が簡単に、自動的にできる」かというと、決してそのようなことはないと言ってよいでしょう。フランス語の、つまり外国語の文法をよく理解し語彙もあり、正確に聞き取れる。ここまでが、一般的な意味で「フランス語ができる」ということでしょうか。通訳の場合、さらに、日本語でいかに要領よく説明するかが大切なポイントになってきます。経験が少ない通訳者の説明は、日本語がぎこちなくてわかりにくいということがあります。逆にベテラン通訳者は、見事にこなれた日本語にしてしまいます。要するに問題は日本語による表現力なのです。

この通訳の例は、翻訳にも当てはまります。原文の意味をよく理解したら次は適切な日本語で表現してゆくわけですが、どのような日本語表現が一番適切かについて十分に考えなければなりません。要するに日本語を見直し苦心するということが、翻訳の肝心な部分を占めてくるのです。これは、次のような事情を見ても明らかです。幕末から明治初期にかけて近代化を図るため、日本は西欧から文化・社会に関する知識を一気に取り入れようと、本格的に西欧の言語の翻訳に取り組み始めました。評論家・ジャーナリストとしても知られていた森田思軒(1861-97)という人を例にとると、外国語の意味をよく理解して取りあえずわかり易い日本語に訳すのは難しいことではないが、「謂はゞ翻訳者の普通の資格で、少し意(こころ)を翻訳に用ひるといふ者ならば、今一歩を進めて、其(それ)より以上の所に骨を折って見なければ成らぬものと思ひます」(『日本近代思想大系15』、岩波書店、1992年、294頁。同書に掲載されているルビは、ここでは省略、変更した。)との感想を残しています。

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