ことばと文化のミニ講座

【Vol.26】 2008.3   田村 良平

能と能面

源氏物語千年

「2008年(平成20年)は、『源氏物語』が記録のうえで確認されるときからちょうど1000年を迎えます。『紫式部日記』の寛弘5年(1008年)11月1日の条には、“若紫”や“源氏”などの記述があり、この時点で『源氏物語』が読まれていたことが確認できます」(以上、「源氏物語千年紀委員会」HPより)とあるように、本年は源氏物語千年紀として、関連のイベントがさまざま見られるようです。

「今年で1000年」という区切りには、実は特段の意味はないのですが、こうした機会に、1000年前の日本には確実に(全部でなくても一部は)存在していたであろうこの一大傑作文学について思いを致すのは、あながち無意味なことではありません。

能になった源氏物語

和歌文学や物語文学が他ジャンルの芸術に影響を与えた例は、枚挙にいとまがありません。中でも、耳目に直接訴えかける演劇の分野では、常に創造の源としてそうしたものが受容され続けました。能はその典型といえるものです。

『源氏物語』から直接題材を採った能の現行曲は以下の9曲。主役別に挙げれば、六条御息所をシテとする〈葵上〉〈野宮〉、夕顔の女君をシテとする〈夕顔〉〈半蔀〉、シテの名がそのまま曲名となった〈浮舟〉〈玉鬘〉、光源氏と明石の君の再会を描く〈住吉詣〉、光源氏をシテとする〈須磨源氏〉、紫式部自身をシテとする〈源氏供養〉。ここに、金剛流の独自曲〈落葉(小野落葉)〉と喜多流の准公定曲〈落葉(陀羅尼落葉)〉の落葉宮(朱雀院女二宮)をシテとする別作2曲、金剛流で復興され観世流の役者も試演した〈碁〉(空蝉と軒端荻が登場)を加えても、現行すべてで12曲というのが、「源氏能」の実態です。

この中で、他に冠絶した傑作と太鼓判を押せるのは、六条御息所の魂の苦悩を仔細に、格調高く描破した〈野宮〉1曲のみ。ほかには趣向に優れた秀作というものは散見されても、中には二級品としか言いようのない能もあり、たとえば『平家物語』とその関連説話が偉大な能劇をあまた産み出したのとは、だいぶん様相を異にするのです。その理由は、何でしょうか。

物語文学と劇文学

西欧の古典的文芸概念では、文学は韻文・散文・戯曲の3分野に分たれると言われます。日本でその分類は必ずしも有効ではないのは、『伊勢物語』のような歌物語の存在を考えても理解されます。が、舞台で上演されるという、一種の制約を伴った戯曲は、根本的には人間のドラマを演ずることを主眼とします。この「ドラマとは何か?」ということについては、また別に仔細な検討を要するのですが、ここでは表面的な共通理解に留めておきましょう。

ひとつ言えることは、「ドラマとは動的なものである」、ということです。これは、舞台上の静と動のことを意味しません。役者がただ舞台に突っ立って動かない時にも、内部の感情が動いている、そうしたことを指して、わたくしは「動的」と言うのです。

能の詞章は極度に洗練され、抽象的イメージを背負ったコトバとしてしばしば最も簡潔で短く、突き詰められた表現を採りますが、物語文学はもっと雑多で、長文たることを厭いません。『源氏物語』の魅力は、委曲を尽くした感情表現と状況描写の繊細さ、的確さにあるのですが、能はそうした微細長大な描写を許しません。その意味で言えば、物語文学の最大傑作である『源氏物語』と、戯曲文学の到達点である能とは、最も遠く離れたジャンルであるのかもしれません。また、『平家物語』が戯曲化に成功したのは、これが『源氏物語』とはまったく異なる、きわめて演劇的な「語り物文学」であるからにほかならないのです。

予想外の源氏能

喜多流 能〈楊貴妃〉 シテ:塩津哲生(写真:三上文規)
喜多流 能〈楊貴妃〉
シテ:塩津哲生 (写真:三上文規)

実は、さきほど挙げた12曲以外にも、潜在的な源氏能というべきものが見られます。春寒いうちに咲くため常なら出逢えるはずのない梅花に、仏法の功徳で出逢えた蝶の喜びを描く〈胡蝶〉は、昆虫をシテとするきわめて珍しい能ですが、この舞台設定は京都・一条大宮の古宮。能が生まれた中世当時、ここは『源氏物語』で光源氏の求愛を最後まで拒んだ貴婦人・朝顔斎院の住居のあった場所とされ、能の前半にも明らかにその暗示がなされています。〈胡蝶〉はいわば、昆虫の成仏を描くドラマを王朝懐古の副主題で優雅に装飾した、実に凝った能なのです。

また、名曲として知られる〈楊貴妃〉。これは白楽天の長詩「長恨歌」に基づき、永遠の生命の地・常世の国の蓬莱宮に転生した楊貴妃の孤独を描く、きわめて美しい能ですが、目立つ部分には随所に『源氏物語』の和歌を引用、その知識のある人ならば必ずこれに気付くような詞章が編まれています。古くから中国では、「東の海の果てに浮かぶ仙境・蓬莱の島は、大陸から見て東の海上に当たる日本をさす」考えられ、これは中世の教養人の常識でもありました。これを逆手に把り、中国史上屈指の美女を日本的和歌情緒で彩ったのが能〈楊貴妃〉であり、ここには同時に、紫式部が『源氏物語』を構想した根源に白楽天の「長恨歌」があるという現実が踏まえられているのです。いわば、『源氏物語』とは直接関係なさそうに見える〈楊貴妃〉は、『源氏物語』を忠実に戯曲化して成功した唯一の能〈野宮〉と並ぶ、最も優れた源氏能だという言い方もできるでしょう。

これらの事情に、能という劇文学が内包する、「すぐれたドラマとは何か?」という問い掛けが潜んでいます。わたくしはこうしたことに深い興味をおぼえるのです。

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