ことばと文化のミニ講座

【Vol.13】 2006.4   柴田 雅生

ヴォイスのはなし -「ら抜き言葉」「さ入れ言葉」の背景-

ヴォイスとは

ヴォイス( voice )といっても、この場合は「声」という意味ではありません。英単語としては同じ voice ですが、文法の専門用語としての使い方があり、この場合は「態(たい)」という日本語訳が当てられています。「受動態」「能動態」という言葉なら、もしかしたら聞いたことがあるかもしれません。

ヴォイスとは、「動詞の表す動作作用の成立のしかたに関する情報(主語や補語、格形式)をあらわす文法範疇」のことで、能動態・受動態(受身)のほかにも、使役態、可能態、自発態などがあります。説明は堅苦しいのですが、中身はごく身近なものです。

たとえば、「誘う」行為をする太郎を主語とする能動態の文 (1) が、表現を変えれば「誘う」行為を受ける花子を主語とする文(受動態) (2) となり、「誘う」行為を太郎に行わせる次郎を主語とする文(使役態) (3) にも変えることができます。いずれも、太郎が花子を「誘う」ことには違いはありませんが、「誘う」という動作をどう表現するかの違いによるものです。

  1. (1) 太郎が花子を誘う / 誘った。
  2. (2) 花子が太郎に誘われる / 誘われた。
  3. (3) 次郎が太郎に花子を誘わせる / 誘わせた。

また、可能態とは可能の意をもつ動詞で表現することで、「誘う」の場合なら「誘える」という可能形が対応します。自発態は自然にそういう行為・状態が実現することを言います。

  1. (4) 太郎(に)は花子が誘える / 誘えた。
  2. (5) 太郎(に)は花子が女神に思われる / 思われた。

これらの例のように、ヴォイスとは、動詞がすがたを変えるとともに主語や格助詞が交替します。特に動詞がとるさまざまなかたちには意識が及びやすく、問題視されることも少なくありません。以下では、現代語でよく取り上げられるヴォイスの現象を紹介してゆくことにします。

「ら抜き言葉」の広がりとその背景

まず「ら抜き言葉」を取り上げてみましょう。「見 られる」「食べられる」「来られる」といった「ら」を含む言い方が、「見れる」「食べれる」「来れる」という言い方になることを言います。もちろん元は「見られる」の方です。そこから「ら」を抜くという見方からこのように命名されました。しかし、忘れてならないのは、「ら」を抜くというかたちの面だけでなく、意味の面にも変化が起こっていることです。

  1. (6)ここからなら美しい夕陽がられのに。  ら有り  可能
  2. (6) ’ ここからなら美しい夕陽がのに。  ら抜き
  3. (7)雪道で転んだところを彼にられ。  ら有り  受身
  4. × (7) ’ 雪道で転んだところを彼に。  ら抜き

上の4つの例文のうち、×をつけた(7)’だけは使えません。「ら抜き言葉」は可能の意味だけで、受身の意味を持っていないことがわかります(詳細は省略しますが、尊敬や自発の意味も持っていません)。受身を表す時には、従来通り「見られる」を使うはずです。つまり、「ら抜き言葉」とは、「見られる」から「ら」を抜いたかたちを可能の意味専用とした表現、新しい可能表現(可能態)だと言えます。

ところで、「ら抜き言葉」は全ての動詞に関わるものではありません。先に挙げた「見られる」は動詞「見る」に助動詞「られる」が付いたものですが、助動詞「られる」が付く場合にしか「ら抜き言葉」は発生しません。これは動詞の活用の種類に応じて、助動詞の「れる」と「られる」が使い分けられているからです(これをさかのぼれば、古語の「る」「らる」となります)。これらを整理すると、次のようになります。

五段活用(かつての四段活用)の動詞では、はやいものでは室町時代から、「書ける」「読める」「走れる」などの可能の意味専用の動詞(可能動詞)をつくり出し、次第に一般化していきました。また、サ変動詞「する」に対応する可能動詞「できる」は江戸時代後期から使われるようになります。これに対して、上一段・下一段・カ変の動詞は可能動詞が存在しないままに、つまり動詞に助動詞「れる・られる」を付けるかたちのまま、現代に至っていたのです。

このように歴史的に見ると、上一段・下一段・カ変の動詞に可能専用の表現として「ら抜き言葉」が生まれることは、活用の種類による違いを解消するという観点からは、理にかなっていると言えます。しかも、「書ける」などの可能動詞が新しい動詞として認められているように、「ら抜き言葉」も上一段・下一段・カ変の動詞から生まれた新しい語(可能動詞)と見ることができます。「ら抜き言葉」は、室町時代から始まった可能動詞を作り出す動きが完結する動きと捉えてよいかもしれません。これをヴォイスの観点から整理すると次のようになります。

「さ入れ言葉」の擡頭?

「ら抜き言葉」と並んで、時折、問題の表現として話題となるのが「さ入れ」言葉です。多くの場合は下に「いただく」を伴って、謙譲の表現として使われます。

  1. (8)明日は休まいただきます。  (さ無し)
  2. (8) ′ 明日は休まさせいただきます。  さ入れ

この「~(さ)せていただく」は相手の許可を得る表現がへりくだりの表現として用いられたものです。それが、(8)のように元は「休ませて」であったところに「さ」を入れて(8)′「休まさせて」とし、許可を得る(相手の意向に沿う)ことを強調したものと考えられます。

「~(さ)せたいただく」が問題視されるのは、敬語として過剰な表現だという見方からですが、ここではその見方の当否は置いて、「ら抜き言葉」と同様、下に付く使役の助動詞「せる」「させる」が動詞の活用の種類によって使い分けられていることに注目して整理してみます。

  1. (9)明日は休まもらいます。  (さ無し)
  2. (9) ′ 明日は休まさせもらいます。  さ入れ

助動詞「せる」「させる」も次のように動詞の活用の種類によって使い分けられます。ご覧のように、活用の種類との関係は、「れる」「られる」の場合と同じです。ただ、「ら抜き言葉」とは反対に、「さ入れ言葉」は五段・サ変に「させる」を付けたかたちと見ます。上一段・下一段・カ変の動詞は元々「させる」を付けます。ということは、活用の種類に関係なく助動詞「させる」を付けるようになりつつあるのかもしれないということです。

平成14年度 国語に関する世論調査結果より
平成14年度 国語に関する世論調査結果より

ただし、「さ入れ言葉」は「ら抜き言葉」ほどには広がっていないようです。文化庁が平成14年度に行った世論調査(平成8年度調査にも同じ質問項目があり、右図は両者を対照させたもの)では「気になる」という人が半数を超えていました。これは、主に「~(さ)せていただく」という敬意の表現に限定されていて、使用範囲が広がっていないからでしょう。「気になる」という人が平成8年度調査より20%以上も増えている理由ははっきりとは言えませんが、近年の「日本語ブーム」が影響して、この文法形式に対する注目度が高まっているからなのかもしれません。

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