ことばと文化のミニ講座

【Vol.8】 2005.10   田村 良平

能舞台とあかり

自然と共存した能舞台

演劇の舞台形式として、三方吹き抜けの能舞台は、かなり珍しい形式といえます。江戸時代までは、略式の座敷舞台(室内設置)を除いて、江戸城のそれを正式の規格とする能舞台は屋外に置かれていました。観客は白州と称する空閑地を隔てて、向かいの座敷から見物したのです。

昔の能は多くは日中の演能でしたから、格別の照明は必要ありませんでした。平安時代の貴族邸宅様式である寝殿造の庭(建物に接近した部分)に白砂を敷き詰めて余計な木々を植えなかったのと同様、一面に白石を撒いた白州は、反射光を舞台に取り込む必須空間なのです。勧進能(家元役者主催の一般公開能)や町入能(町人を招待する江戸城の祝儀演能)などの祝祭的例外を除けば、白州は見物人を一切入れないことで機能するのです。もっとも、当時の能舞台は北向きを正式としましたから、取り込める光量としては知れたものでした。薄暗い舞台の上で舞われる能を、10メートル以上も隔てた場所から眺めるのが将軍・大名の観能でした。

江戸時代の劇場照明

このように自然の光と共存していた能舞台と異なり、劇場組織の発達していた歌舞伎芝居では、照明の発達はそれなりに進んでいました。特に、大坂の顔見世(旧暦11月に行われる、年間契約を結んだ役者の披露祝賀興行)は、江戸と異なり夜間興行を常としました。これは木蝋の原料となるハゼの木が東南アジアから渡来して普及、栽培が盛んになり蝋燭が多く流通する、江戸時代中期以降のことでした。が、和紙を芯とする和蝋燭は、現代の蝋燭に比べてまるで別物、驚くほどの煤(すす)を多く発し、折々は芯を摘まねば炎が衰えます。つまり、夜の芝居小屋は実に煙たかったのです。夜の能舞台では蝋燭のほかに篝火などを使用、もっとも屋外ですから煙は出るものの多少この弊は免れますが、大敵は灯火を目当てに群がる虫。夏から秋にかけての夜能は、当然歓迎すべきものではなかったため、あまり行われませんでした。(薪能と称する夜間イベントが盛んになったのは古い昔ではなく、ごくごく近年のことです。)

明治維新と能舞台

明治維新以降、能舞台は室内に置かれるようになりました。靖国神社境内に現存する能舞台は明治11年、芝・増上寺山内(現在の東京タワーの立つ場所)に設置された大社交場・紅葉館の舞台で、偉大な名人が技を競った記念碑的な存在ですが、これが室内能楽堂(そもそも「能楽堂」という呼称もこの舞台が初めでした)のハシリです(現況は屋外)。ただし、室内に舞台が組み入れられても、演能の頼りは障子やガラス越しの外光でした。正式な番組は戦前まで能五番の長大なものでしたから、早い場合は朝の7時から始まり、日没には終演しました。むろん、外光に頼るためです。したがって、春たけて日脚が伸びると、能・狂言の番数も少しはにぎわったものでした。大正時代以降、電気照明が当たり前のように能舞台に取り入れられてからも、その明るさを単純に喜びこそすれ、あくまで補助的なものだとの認識は消えなかったためか、あかりの効果は積極的には求められませんでした。

欧米の劇場と照明

ヨーロッパのオペラでは19世紀中盤、グランド・オペラと呼ばれる、豪華なバレエや派手な舞台装置を組み入れた出し物が流行し、ここに当時普及し始めた電気照明が積極的に取り入れられます。とはいえ、開演中に客席の照明を落とす習慣は、実はそんなに古いものではありません。20世紀初頭、作曲家として有名なヴィーン帝室歌劇場監督のグスタフ・マーラーが断行したと言われていますが、起源はもう少しさかのぼるともいわれます。当時、劇場は社交の場であり、開演中も談笑の声が絶えず、次の間を控えた桟敷では食事や賭博が行われていたのですから、客席内を暗くしたのは、劇場を純然たる藝術鑑賞の場とするのがその意図だったのです。

能舞台でのあるべきあかり

実態はどうであれ、建前上は端座して「拝見」するものとされた能は、照明の効果による粉飾を嫌い、「ありのまま」の真実を見せるものです。最近は見所(客席)を暗くする能楽堂もありますが、わたくしは反対です。地肌の美しさを見るべき能に、溶暗による余計な雰囲気づくりは無用だからです。それはかえって、生一本の気迫で臨む能役者の藝を衰えさせる遠因となるかもしれません。闇や影による日本の美意識をことさらに論じた谷崎潤一郎の名随筆『陰翳礼賛(いんえいらいさん)』は、一面の文学的真実に過ぎません。能・狂言をそうした雰囲気だけで水増しするとしたら、その及ぼす弊害もまた大きいと言えなくもないのです。

しかし一方で、能舞台に射し入る自然光の美しさ。これは取り戻さなければならないものだといえます。現在、東京圏の大きな能楽堂で外光が取り込めるのは、東中野の梅若能楽学院舞台のみです。今年の正月、祝典曲として重んぜられる〈翁〉を見ました。ふだんは閉じられている黒幕を除いて、陽光が豊かにあふれる舞台。伝説の能面作者・日光の作と伝えられる、国の重要文化財に指定されている白式尉(はくしきじょう)・黒式尉(こくしきじょう)の面が、外光に照らされてどれほどすばらしい表情を見せたことでしょう。

能のような強靭な藝術では、人工が自然に及ぶことなどいくらもあろうはずはありません。人工照明でその価値を粉飾するのではなく、自然光の力を積極的に取り入れた室内舞台。これからの能楽堂に求められるのは、こうした「ありのまま」を見せるあかりと舞台のありようだと思います。

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