ことばと文化のミニ講座

【Vol.5】 2005.5   元本学科教員 井上 英明

世界の古典・源氏物語

『源氏物語』の翻訳

『源氏物語』は英語・ドイツ語・フランス語・中国語・韓国語・ロシア語という世界の主要言語に訳され、今や日本人だけのものではなく、世界の古典となっています。なかでも、アーサー・ウェイリー(Arthur Waley)の英訳は名訳として世界の英語国民に愛読されていますが、それでもこなれない訳となっている部分があります。たとえば、原作の「女郎花」。「をみなへし」と読み、美しい女性の姿態を表す花ですが、植物学での学名は Balerianaceae といいます。これを訳語にするのでは植物学の標本のようで、味もそっけもなく、原作の気分が伝わりません。和英辞典では、a perennial plant with yellow flowers of the family(黄色の花をつけた多年性植物)と苦しい説明をしています。また varerie という女子の名の訳もありますが、この英語は可愛い猫を連想させます。

「犬君」は男?それとも女?

皆さんが高校の古典の教科書で読んでいる「若紫」の一節、「犬君(いぬき)」が雀の子を逃がしたことを悔しがる若紫の友達「犬君」は男の子だったでしょうか。それとも女の子だったでしょうか。アーサー・ウェイリーの英訳では boy とされて、男の子となっています。

  1. 原文 「雀の子を犬君が逃がしつる。伏籠のうちに籠めたりつるものを」とて、いとくちをしと思へり。
  2. 英訳 'Inu has let out my sparrow -- the little one that I kept in the clothes-basket,' she said, looking very unhappy, 'what a tiresome boy that Inu is !'

しかし、平安時代、いや、江戸時代から大正時代まで、特に上・中流階級では、男の子と女の子が一緒に遊ぶことは許されませんでした。そこで、ここは何としてでも「女童(めのわらは)」であって、男の子ではありえません。

世界の中の日本文学

源氏物語の古い注釈書である『源氏和秘抄』(明星大学所蔵)
源氏物語の古い注釈書である
『源氏和秘抄』 (明星大学所蔵)

「朱雀(すざく)天皇」は the Emperor of red spallow — 赤い雀の天皇 となっている訳があります。これまた何とも原作にそぐわない英語です。人物の名を逐語訳すると目茶苦茶になります。

カラスは英語で crow ですが、日本のカラスとは大きさが違います。何よりも、英語では軽蔑的な差別語であり、あまり愉快な感じのものでなく、これまた英国や他の英語圏の風土になじまない鳥です。気候・風土を含めて言葉が違えば、原作とは全然別のものになってしまうのです。こうした事例をたくさん見つけて、異文化の中の日本の古典を考えてみるのが、目下の私の興味の中心です。授業で本格的に調べてみましょう。いろいろあれー!と思う例がどんどん出てきますよ。

学科の取り組み