ことばと文化のミニ講座

【Vol.1】 2004.10   三橋 正

神様の数え方 -神様は「1柱、2柱…」で数える。何で?-

助数詞から探る各国の文化

ものを数える時に使う接尾語を助数詞といいます。たとえば、紙なら「1枚、2枚…」、鉛筆なら「1本、2本…」、消しゴムなら「1個、2個…」、自動車なら「1台、2台…」、タンスなら「ひと棹(さお)、ふた棹…」などなど。犬や猫なら「1匹、2匹…」ですが、ウサギは「1羽、2羽…」、馬は「1頭、2頭…」。蝶々も「1頭、2頭…」でかぞえます。

 助数詞は日本独自のものではありません。中国語では量詞(りょうし)といいますが、必ずしも日本の助数詞と一致しないのが難しいところです。おもしろい用法をあげると、魚を「1条(イーティャオ)、2条(リャンティャオ)…」、思い出を「1串(イーチュアン)、2串(リャンチュアン)…」などと数えます。目に見えないものでも、「串」に指すようにして数えるのですね。このように、数える対象の性質・形状にしたがって使い分ける助数詞や量詞は、それぞれの民族が独自に持つ心的表現であるのです。それは日常生活の中で習得するもので、必ずしもうまく説明できるものではありませんが、案外、心の内側に深く根ざしています。

神様の助数詞は「柱」と「座」

さて、神様の助数詞は何でしょう。「柱」または「座」を使います。「え、神様を数えるの?」と思った人もいるのではないでしょうか。そうです、キリスト教やイスラム教では唯一の神しか認めませんから、神様を数えることはありません。また、多神教の宗教でも神様を数えることは一般的とはいえません。仏教や中国の道教も、ある意味で多神教ですが、それを数える言葉はありませんし、数えることすらまれです。つまり、日本文化における神様は、世界的に見て極めて特殊だということがわかります。

 「柱」は日本最古の文献である『古事記』にあり、「座」は『延喜式』という平安時代の法律書(施行細則)にあるものです。「柱」は、今でも一般的に使用されており、専門の研究者ですら意味を考えずに使っていますが、意外と知られていないことは、『古事記』とほぼ同じ時代に成立した『日本書紀』には使用されていないということです。『古事記』(712年成立)は国内向けの書であったのに対し、『日本書紀』(720年成立)は中国など国外をも意識して書かれていたのです。つまり「柱」は、日本で成立した神様の助数詞であり、同じ漢字を使用する中国に対しては使えなかったのでしょう。

「柱」で数える理由は古墳時代の「柱」祭祀??

では、なぜ「柱」にしたのか。『日本書紀』推古28年(620)10月条に、推古天皇の父欽明天皇と母堅塩媛(きたしひめ)を埋葬した古墳を修復し、その後で氏族ごとに柱を建てさせた、とあります。ここから、「神道」というものが成立する以前の古墳時代、亡き天皇の霊を前に各氏族が柱を建ててそれぞれの神を降ろす儀礼があったと想定されます。その時、柱の数を数えて、その場に降臨した神様の数を確認していたのではないでしょうか? 「柱」は、古墳時代の終焉と共に実際に建てられなくなりますが、目に見えない形で日本人の神観念の中に残存していきます。神様の助数詞「柱」は、その一つだったのです。今に伝わる神籬(ひもろぎ)や門松(かどまつ)を建てる習慣は、その名残なのでしょう。また、七年に一度行なわれる諏訪大社の御柱祭(おんばしらさい)がありますが、これも太古の「柱」を建てる儀式を伝えているのかもしれません。

2004年 諏訪大社「御柱祭」ハイライト (写真撮影:三橋 正)


[4月9日、下社「山出し」、秋宮二の御柱の「木落」]

山から切り出して運んできた御柱(もみ樅の木の巨木)を100m斜度40度の「木落し坂」から落とす。命知らずの氏子たちがその上に乗り、土煙を上げながら一気に坂を下る。

[5月4日、上社「里曳き」、本宮一の御柱の「建御柱」1]

御柱の行列は町を練り歩き、神社の境内に持ち込まれ、各神社に4本ずつ建てられる。まず、御柱の先端を三角錐に形をそぎ落とす「冠落し」。そして、ロープで引き上げられた御柱が建てられていく。

左:[5月4日、上社「里曳き」、本宮一の御柱の「建御柱」2]

氏子たちは御柱が建てられるまでしがみつき、最後に一人ずつロープをつたって下りてくる。

右:[建てられたばかりの御柱、上社前宮の一の御柱]

7年後の御柱祭に立て直されるまで・・・この姿で・・・。

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