ことばと文化のミニ講座

【Vol.103】 2017.9   内海 敦子

日本と世界の文化2:信仰の対象と儀式

 明星大学の日本文化学科には「比較文化論」という授業があります。日本文化を他の国・地域の文化と比較する授業です。
 「文化」というのは、空気のようになじんだ身の回りにある生活の仕方や考え方です。前回の私の講座では、「宗教」のとらえ方の違いを日本と東南アジアの諸国を比較して述べました。今回も「宗教」に関する行動パターンや考え方について、インドネシアのヒンドゥー教や民俗信仰を、日本の信仰と比べてみたいと思います。
日本における、自然の様々なもの、太陽や月、岩・巨石、滝、海、森、山などを信仰の対象とする形態は「神道」と呼ばれる信仰形態の中に入るように考えられることもあります。ただし、「神道」という言葉から連想される「神社」と呼ばれる建物は実は仏教の影響を受けて成立したものですし、「神道」という言葉自体も仏教信仰と対照されるようになって広く使われるようになった言葉なのです。
 さて、インドネシアという東南アジアの国は、2億5千万にちかい人口を持つ国で、その9割近くがイスラームを信仰しています。しかし、残りの一割くらいはカトリック、プロテスタント両派のキリスト教を信仰していますし、残りのほんの少しの割合なのですがヒンドゥー教、仏教、儒教などを信仰している人々もいます。
 イスラームがインドネシアに入ってきたのは12世紀以降、キリスト教が入ってきたのは15世紀以降です。それまではインドの影響を受けたヒンドゥー教が信仰されている地域が多くありました。それ以前はどうだったのでしょうか。確かな記録は少ないのですが、多分仏教が入ってくる前の日本と似たような、自然崇拝を中心とした信仰が行われていたことでしょう。今でもイスラーム化やキリスト教化を拒み、文明社会からも距離を置いて暮らしているスマトラ島のクブ(あるいはオラン・リンバ)と呼ばれる人たちは自然の中に多くの神性を認めています。水を汚しては水の神様が怒るので、水源や川の近くでは用を足さず、岩や山を信仰対象として森の中で生きています(最近は学校教育を受けたり、都市の周辺で暮らしたりするクブの人々も増えてきましたが)。
私がフィールドワークを行ってきたスラウェシ島(旧名セレベス)の北部州においてはプロテスタントが圧倒的でした。現在ではインドネシアの他の地域からの流入者が半数くらいいるのでイスラームやカトリックの人も増えています。

写真1

写真1

写真1:インドネシア、スラウェシ島北部州シリアン村にある、信仰の対象である湧き水が出てくる井戸  ここを訪れる際は現地の民族語(トンサワン語)でお祈りを唱えるのが正式な作法です。地域の住民はほとんどがプロテスタント(少数がカトリックやイスラーム)ですが、自然崇拝・アニミズムの信仰も脈々と残っています。

写真2:岩手県遠野にある続石(つづきいし)と呼ばれている巨石

写真2:岩手県遠野にある続石(つづきいし)と呼ばれている巨石

写真2:岩手県遠野にある続石(つづきいし)と呼ばれている巨石

写真3:続石の前にあるお社

写真3:続石の前にあるお社

写真3:続石の前にあるお社

写真4:アラハバキと呼ばれる蝦夷の神さまを再現したもの(岩手県えさし藤原の里)

写真4:アラハバキと呼ばれる蝦夷の神さまを再現したもの(岩手県えさし藤原の里)

写真4:アラハバキと呼ばれる蝦夷の神さまを再現したもの(岩手県えさし藤原の里)

 プロテスタントやカトリックのキリスト教や、イスラームは一神教と呼ばれ、神は唯一で絶対のものと考えられています。それ以外に神性を帯びた存在は認められないというのが正式な考え方です。それでも、プロテスタント中心のある村では写真1のように、湧き水が出るところを井戸のように石で囲み、聖なる場所としてみだりに立ち入らないようにして、近寄る場合は現地の民族語(トンサワン語)でお祈りを唱えるようにしています。これは、日本の写真2に見られるような巨石信仰とも似ている部分がありますね。岩手県の巨石の前には、お社が建てられています(写真3)。蝦夷と呼ばれた人々も同じような信仰形態をもっていたようです(写真4)。インドネシアと日本の自然崇拝と異なる点があるとすれば、近くにお社を建てたり紙垂(しで)のような紙を周囲に付けたり、お賽銭を置いてしまう点が日本独特のようです。

写真5

写真5

写真5:一般のご家庭にあるヒンドゥー教のお社。月経中の女性は入れません。

写真6

写真6

写真6:一般のご家庭にある儀式用の特別な建物。今はヒンドゥー教の神様の姿絵や儀式に使う用具が置かれていますが、家族のどなたかが亡くなるとこの台に安置されます。お葬式の準備(数か月かかることも)の間、保てるように防腐処置をとります。

 日本に入ってきた仏教は大乗仏教と呼ばれる、インドの釈迦牟尼(ゴウタマ・シッダールタ)の教えがヒンドゥー教の影響を受けた後に入ってきた宗派が主です。ですからヒンドゥー教の神様もたくさん仏教に取り入れられており、私たちは知らず知らずのうちに多くのヒンドゥー教起源の神様の像を眺めています。インドネシアでは9割くらいの人がイスラームを信仰しているのはすでに述べたとおりですが、1.5%くらいの人々、といっても300万人以上の人がヒンドゥー教を信仰しています。学校、大学、役所などにもヒンドゥー教の神様の像が建てられており、供え物が置かれています(写真4)。一般の家庭にも、住居棟の他にお社(写真5)や儀式用の棟(写真6)があります。道端にもcanang sariとよばれる供え物が置かれていますし、山や滝を信仰の対象にもしており、日本の自然崇拝と似たところも多いのですが、ずいぶん違っていると思うこともあります。例えばお葬式です。

写真7

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写真7:バリ島のお葬式NGABEN1。この立派な塔と聖獣がかたどられた棺の入れ物は、最後に焼かれて完全に灰になります。

写真8

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写真8:バリ島のお葬式NGABEN2。左側に見える黒い牛は亡くなった方を導く神様の乗り物として必須の飾り物

写真9

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写真9:バリ島のお葬式NGABEN3。一大観光地のバリ島なので、外国人観光客の姿も見えます。バリの方々は縁もゆかりもない人々がお葬式を見学することにも寛容です。

 ヒンドゥー教のお葬式は写真7,8、9のように、とても豪華なことも多いです。亡くなった方の階級が高いほど、飾り物が豪華に、お葬式が大規模になります。お葬式は亡くなってすぐに行うものではなく、何か月もかけて準備するものなのです。その間、ご遺体は写真6の儀式用の棟に安置されます。
ガベン(Ngaben)と呼ばれるバリ島のヒンドゥー教のお葬式は、日本のお葬式とはずいぶん違った華やかな様子です。いくつかの町内会の人がそれぞれのユニフォームを着て(ポロシャツの色がそろっていますよね)、協力します。観光客が遠巻きに見ていても怒られません。この後、飾り物とご遺体はすべて燃やされ、灰になったものが海に流されます。海から離れた地域では海につながる川に流すのです。ですから、お墓がない!ということになります。お墓がないなんて、日本人の感覚からするととんでもないことのように思えますね。
 アジアの文化は互いに似通った部分を持ちつつ、異なった様相もみせています。少し似ているからこそ、比べていくと面白いのです。そして、空気のように自然なものとしてとらえている私たち自身の文化がどのような特徴を持っているか、理解できていくのです。

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