ことばと文化のミニ講座

【Vol.91】 2015.6   古田島 洋介

「公正と信義〈に〉信頼して」は誤りか? --石原慎太郎氏の憲法前文修正案をめぐって--

石原氏の助詞「に」修正案

まだ一年も経っていないので、御記憶の向きも多いだろう。昨年(平成二十六年)十月三十日の衆院予算委員会で「次世代の党」最高顧問として質問に立った石原慎太郎氏が、日本国憲法の前文「平和を愛する諸国民の公正と信義〈に〉信頼して」の助詞「に」を間違いだと指摘し、助詞「を」を用いて「公正と信義〈を〉信頼して」と修正してはどうか、と問い質した。それに対して、安倍晋三首相が助詞「に」に関する違和感には同意を示しながらも、一字のためだけに憲法改正に踏み込むわけにはゆかぬと矛先をかわし、「〈に〉の一字だが、どうか〈忍〉の一字で……」と諧謔を弄して答弁、会場の笑いを誘った一件である。

その後、昨年末の十二月十六日、石原氏は衆院選での落選を受けて日本記者クラブでの記者会見に臨み、政界からの引退を正式に表明したが、その席上でも憲法改正=自主憲法制定問題に言及しつつ、上記の助詞「に」に関する質疑を回想して、「せめて〈に〉だけは国文学者を集めて、変えようじゃないか(中略)と言ったら、安倍さんは」云々と発言している(以上、産経新聞の報道記事に基づく)。

今、石原氏の持論たる憲法改正=自主憲法制定問題には触れない。事は専ら助詞に係る。果たして、著名な作家でもある石原氏の言うように、憲法前文の「公正と信義〈に〉信頼して」は誤りなのか。「公正と信義〈を〉信頼して」が正しいのだろうか。上記の質疑が行われた当日、テレビのニュースで「いかにも作家らしい指摘」のごとき台詞も聞かれたものと記憶する。おそらくは〈助詞一つさえゆるがせにしない作家ならではの問題提起〉との意味合いなのだろう。そうだとすれば、暗黙のうちに、石原氏の主張に賛同しているのかもしれない。しかし、本当に「に」は誤りで、「を」が正しいのだろうか。私は石原氏の期待した「国文学者」ではないが、ここで一番、余計な口出しを承知のうえで賢しらを試みることとする。

現代日本語の語感

そもそも助詞「に」と「を」には微妙な場面が生じる。たとえば「そのとき一抹の不安が脳裡〈に/を〉よぎった」という一文だ。果たして、「に」と「を」のいずれを使うべきか。即断するのは困難に違いない。私自身、どちらでも差し支えないような気がする。敢えて区別してみよと言われれば、「脳裡〈に〉よぎる」のほうには、古語「よぎる」の「立ち寄る」意が感じられ、「一抹の不安が脳裡に忍び込んできた」ような感覚を受ける。一方、「脳裡〈を〉よぎる」は、現代語「よぎる」の「通り過ぎる」意そのままに、「一抹の不安が脳裡をふっとかすめた」ごとき印象だ。

もっとも、これとてほとんど後知恵に近く、漢文訓読における言い回し「~〈に〉過(よ)ぎる」(「よぎる」は、立ち寄る意)と「~〈を〉過(す)ぐ」(「すぐ」は、通り過ぎる意)の区別にとらわれた結果ではないかと言われれば、それまでだ。文章に記す必要が生じたときは、たぶん迷ったあげく、その場の気分で「に」か「を」かを選択することになるだろう。

また、たとえば「父の生き方〈に〉学ぶ」と「父の生き方〈を〉学ぶ」は、どのように異なるのか。何やら釈然としない思いにとらわれるが、暫し立ち止まって考えてみれば、「父の生き方〈に〉学ぶ」は、すでに「父の生き方」がわかっていて(つまり既知の情報)、「父の生き方」を構成する種々の要素、すなわち父の処世方針その他を模範にしようとする意に聞こえるのではないか。それに対し、「父の生き方〈を〉学ぶ」のほうは、まだ「父の生き方」がよくわかっていないので(つまり未知の情報)、「父の生き方」そのものを理解すべく、父の処世方針その他を思い出してみようとする意に響く。私の語感が間違っている可能性もあるが、動詞「学ぶ」は、「~に…を学ぶ」という言い方ができるために、このような差異が感じられるのかもしれない。あるいは、助詞「に」では「学ぶ」の原義すなわち「まねる」意が前面に浮き上がり、助詞「を」では「学ぶ」の通常の語義すなわち「教えを受ける」意が色を濃くするからなのだろうか。とはいえ、この例は、問題の「公正と信義〈に/を〉信頼して」を考察するには、あまり有効とは言えまい。動詞「信頼する」については、「~に…を信頼する」という表現が利かないからだ。「信頼する」の場合は、二つの助詞が同時に現れる可能性はなく、「に」か「を」の二者択一なのである。

ただし、「に」と「を」に微妙な問題がからまるとしても、現代日本語の感覚を以てすれば、結論は明らかだろう。現代に生きる我々日本人が「~〈に〉信頼する」を口にする可能性は皆無に近く、まず誰もが「~〈を〉信頼する」と言うはずだからである。『広辞苑』第4版(岩波書店)を見ても、「同僚〈を〉信頼する」との例が載っている。現代日本語の語感に寄り添うかぎり、石原氏の修正案は正しい。だからこそ、安倍首相も「に」に対する違和感には意を同じくし、テレビのニュースも「いかにも作家らしい指摘」と賛意をほのめかしたのだろう。もしスポーツ中継で、試合中に審判の判定をめぐるトラブルが生じたとき、アナウンサーが「審判の判定〈に〉信頼して」なぞと繰り返したら、苦情の電話が殺到するのは必定、「アナウンサーともあろう者が、まともに日本語も話せないのか!」となるに違いない。要するに、「公正と信義〈を〉信頼して」を以て一件落着。あれこれ小理屈を並べるまでもなく、事は単純に解決できそうな景色である。

文体の問題

しかし、である。誰しも「~〈を〉信頼する」と言うに決まっていると思うと同時に、一つの疑問が湧き起こるのを否めないだろう。曰く「公式の文書に、それも憲法のような国家の根幹に関わる文書に、誰の目にも明らかな助詞の誤りがそのまま記されるはずはないのに」と。当然の疑問である。多忙な官僚が短時間に書き飛ばして関係省庁に通知するだけの文書ならばいざ知らず、物は国家の大典たる憲法なのだ。天皇陛下の裁可を受け、御名御璽を以て公布された文書である。つまらぬ助詞の誤りがあろうはずもなく、万一あったとすれば速やかに訂正するまで。それが見のがされたばかりか、そのまま今日に引き継がれている以上、「何かある」との直感が働くだろう。だからこそ、「公正と信義〈に〉信頼して」に違和感を抱きつつも、国民こぞって当たらず障らず放置してきたのではないか。石原氏の改正案にそれなりの理を認めるとともに、何となく蛮勇の気味をも感じるのは、まさにそのゆえではなかろうか。

かつて日本人は「~〈に〉信頼する」と言っていたが、今日では「~〈を〉信頼する」と言うようになったという日本語の変化の問題であれば、決まり文句「時代の差」を持ち出して決着を図るだけの話である。しかし、日本国憲法が公布されたのは昭和二十一年(1946)、わずか七十年前のことだ。その間、日本の社会がさまざまな変化を遂げたとはいえ、日本語の問題となれば、それも流行語その他の語彙の問題ではなく、また敬語の乱れに関する問題でもなく、容易には変わりづらいはずの助詞の問題となれば、どうも「時代の差」では事が済みそうにない。現に石原氏も「誤りだから訂正せよ」と主張している。「もはや時代にそぐわないから正せ」と言っているわけではない。社会の変化を追って遅ればせながら実施される刑法や民法の改正とは、事の性質が違うのである。

ここで想い見るべきは、文体の問題だ。いわゆる明治憲法すなわち大日本帝国憲法ほど露骨ではないが、現行の日本国憲法にも漢文訓読体の言い回しが見え隠れするという点である。たとえば、第十条「日本国民たる要件は、法律でこれを定める」だ。こうした上文の語(ここでは「日本国民たる要件」)を下文の代名詞「これ」で受け直す言い方は、たとえば「老者は之(これ)を安んじ、朋友は之を信じ、少者は之を懐(なつ)けん」(老者ンジ、朋友、少者ケン/『論語』公冶長)あるいは「身体髪膚は、之(これ)を父母に受く」(身体髪膚、受父母/『孝経』開宗明義章)のごとく、しばしば漢文訓読に現れる表現で、それが憲法に持ち込まれた漢文訓読体の言い回しである。同種の「これ」は、第十四条2項「華族その他の貴族の制度は、これを認めない」などにも現れ、問題の日本国憲法前文にも「その権力は国民の代表者がこれを行使し、その福利は国民がこれを享受する」と見える。

この事実に想いを致せば、問題の「公正と信義〈に〉信頼して」も、もしかすると漢文訓読風の言い方ではないかとの疑問が生じるわけだ。以下、ささやかな検証を試みよう。

『歩兵操典』の用例

手っ取り早く『日本国語大辞典』(小学館)で「信頼」を調べてみると、四つの例文が載っている。ただし、第一・二例(徳冨蘆花・夏目漱石)は、ともに助詞「に/を」を欠く例文で、当面の問題には役立たない。第三例(北原白秋)も、動詞「信頼する」ではなく、名詞「信頼」の用例のため、これまた差し当たりは無益な例文である。ところが、第四例(歩兵操典)は「自己の銃剣に信頼し最後の勝利を求むることに勉むへし」となっており、「~〈に〉信頼する」の言い回しであることが明確だ。そこで、同辞典の出典表記「歩兵操典(1928)第一一四」を手がかりとして、くだんの一書を調べてみよう。

この『歩兵操典』(兵用図書株式会社)は、縦108mm×横75mmの小型本で、表紙に「昭和三年二月二日/陸軍省検閲済/歩兵操典」と記されている(「/」は改行を示す。以下、同じ)。扉頁には「朕歩兵操典ヲ改定シ之ガ施行ヲ命ス/御名 御璽/昭和三年一月二十五日/陸軍大臣 白川義則」とあり、次頁に「軍令陸第一号/歩兵操典」と見え、さらに頁をめくると、朱線の枠内に朱書きで「勅語/朕多年ノ経験殊ニ最近軍事ノ進運ニ鑑/ミ茲ニ歩兵操典ヲ改訂ス益?研鑽応用其/宜シキヲ得以テ改正ノ本色ヲ発揮セム/コトヲ勉ムヘシ」との文言あり。これを見ればわかるように、『歩兵操典』は、数次の改訂を受けていた書物で、ここで取り上げている昭和三年(1928)版もその一つにほかならない。全篇が漢字片仮名交じりの漢文訓読体、歴史的仮名遣いで記され、紛らわしい語句の羅列を読点で切る以外、基本的に句読点はなく、また濁点も見えない。いかにも旧時の体裁との印象を受ける一書だ。むろん、漢字は旧字体、すなわち繁体字である。便宜上、本稿では常用字体を用いているが。

書物そのものとしても興味深く、内容の面では、「瓦斯(ガス)攻撃」(第九 p.4/第百十九 p.55)や「戦車ニ対スル戦闘」(第四章 p.416)は見られるものの、戦闘機に対する応戦の方法を説いた字句は見当たらず、昭和三年(1928)当時、未だ戦闘機による攻撃は主要な戦闘場面として想定されていなかったことがわかる。また、表記の面でも、今日では難読としか思えない「否スンハ」(=しからずんば/第二十九 p.11)には何も読み仮名がないのに、「みづから」と「おのづから」の読み分けを示すべく、「自ラ」の「自」の右肩に迎え仮名「オ」が付けられている点(=おのづから/第三 p.2)が甚だ面白い。

焦点となる「第一一四」は、「第一篇 各個教練」の「第四章 戦闘間兵卒一般ノ心得」第百十一~百二十のなかに見える。

第百十四 兵卒ハ防禦ニ在リテハ専心其位置ヲ固守シ決シテ動揺スヘカラス敵兵愈〻近接スルニ従ヒ我カ火器ノ殺傷力益〻多キコトヲ確信シ泰然逆襲ノ時機ヲ待ツヘシ若弾薬ヲ射尽シ又ハ敵ノ重囲ニ陥リタルトキハ自己ノ銃剣ニ信頼シ最後ノ勝利ヲ求ムルコトニ勉ムヘシ(p.54)

上に見たとおり、『日本国語大辞典』は、この末尾の部分を平仮名交じりに改めて引用したわけだ。文中、「愈〻」(=いよいよ)・「益〻」(=ますます)のごとき二の字点「〻」が、いかにも漢文訓読体との印象を与えるだろう。書中、他の語についても「屡〻」(=しばしば/第十 p.4)・「稍〻」(=やや/第四十八 p.20)・「略〻」(=ほぼ/第五十一 p.21)のように二の字点が用いられている。

もちろん、肝腎なのは、決して『日本国語大辞典』が助詞「を」を誤って「に」に作ったわけではなく、「自己ノ銃剣ニ信頼シ」つまり「~〈に〉信頼する」という言い回しが厳として存在したという事実である。そして、「信頼」が軍事用語とは思えない以上、陸軍ひいては軍隊に特有の言い方であった可能性は薄いだろう。となれば、やはり「~〈に〉信頼する」は、漢文訓読体ならではの表現と考えてよいのではなかろうか。この助詞「に」を軽々に誤用と決めつけるわけにはゆくまい。

すでにお気づきの向きも多いことと思う。前引「勅語」の末尾は「改正ノ本色ヲ発揮セムコトヲ勉ムヘシ」のごとく「~〈を〉勉む」であった。しかし、上引「第百十四」の末尾は「最後ノ勝利ヲ求ムルコトニ勉ムヘシ」のように「~〈に〉勉む」となっている。然り、漢文訓読体に限ってみても、「に」を使うのか「を」を用いるのか、時として助詞に揺れが生じるのだ。まさか、勅語においてのみ「~〈を〉勉む」という言い回しが許されていたわけではあるまい。

「信頼」に関わる訓読

ただし、ここで少し困る問題がある。それは「信頼」が漢文における頻出語とは言い難いため、訓読の実例に乏しいことだ。実際、漢和辞典をいくつか調べてみても、「信頼」の例文は見当たらない。唯一「信頼」の古典用例を載せているのは、中国は『漢語大詞典』(上海辞書出版社)の「信頼」項だけのようである。それは〔宋〕沈括「故信陽軍羅山県令陳君墓誌銘」の一節で、末尾に「人信頼之」の一句が見えるものの、これを訓読した例は不勉強にして見かけた記憶がない。

もっとも、私自身がこの四字を訓読するとなれば、やはり「人 之(=これ)〈を〉信頼す」か「人 之〈に〉信頼す」かで悩むだろう。日常の日本語であれば、私とて迷うことなく「~〈を〉信頼する」と言う。しかし、漢文訓読となれば、少し事情が異なるのだ。というのも、「信頼」の二字を「信じ頼る」と訓読みし、さらに一語ずつに分かてば「~〈を〉信ず」「~〈に〉頼る」となり、助詞「に」と「を」が並立してしまうからだ。もちろん、「頼る」については「~〈を〉頼る」とも言えるので、「人 之〈を〉信頼す」のほうが無難な印象ではある。けれども、助詞の選択を多数決で決めるわけにもゆくまい。「~〈に〉頼る」が可能である以上、「人 之〈に〉信頼す」を誤りとして棄てる気にはなれない。

これが「信頼」ではなく、「信用」や「依頼」ならば、目的語に添える助詞について戸惑うことはあるまい。「信用」=「信じ用ゐる」を分解しても、「~〈を〉信ず」「~〈を〉用ゐる」となり、ともに助詞は「を」。紛れは生じない。現に我々は「彼の言葉〈を〉信用する」と言うし、古くは『日葡辞書』(1603)の‘xinyo’(信用)にも「デウス〈ヲ〉信用シタテマツル」とある。また、「依頼」=「依り頼る」をばらせば「~〈に〉依る」「~〈に〉頼る」となるため、これまた助詞「に」は揺るがない。実際、福沢諭吉も『学問のすゝめ』(1872-76)で「これ〈に〉依頼して宿昔青雲の志を遂げんと欲するのみ」(岩波文庫版p.40, 後ヨリ第5行)と記しており、上掲の『歩兵操典』にも「歩兵ハ戦車ノ威力ヲ利用スルニ勉ムヘキモ徒ラニ戦車ノ協力〈ニ〉依頼シ攻撃ノ遂行ヲ躊躇スルカ如キコトアルヘカラス」(第八百二十三 p.435)とある。むろん、「信頼」の場合と同じく「~〈を〉頼る」とも言えるので、やはり「に」と「を」が並立するようにも思える。しかし、「依頼」については「~に…を依頼する」との表現が可能なため、「信頼」とは事情が異なるだろう。既述のごとく、「~に…を信頼する」という言い方は存在しないからだ。

要するに、「信頼」については、助詞「に」と「を」がいずれも可能で、かつ「~に…を信頼する」が不可能なため、とにかく「に」か「を」のどちらかを選ばなければならないことになる。これが助詞のぶれをもたらす根本的な原因ではないか。日本語に「~にを」または「~をに」という助詞の連用はあり得ない。

「聴従」に関わる訓読

ここで「信頼」と同じ問題を抱える語として「聴従」を取り上げてみよう。お気づきのとおり、「聴従」も「~〈を〉聴く」と「~〈に〉従ふ」に分かつことができる「に/を」並立型の語である。

名高い〔唐〕韓愈「鰐魚文」に「聴従其言」という一句がある。「聴従」が動詞、「其言」が目的語のため、両者を転倒させて訓読することになるが、管見に入ったかぎり、諸書の訓読は、助詞「に」を用いて「其の言〈に〉聴従す」(聴二-従ス其ノ言ニ一)と読んでいる。等しく後方の「従」に義理立てした格好だ。ここにいう諸書の訓読とは、《国訳漢文大成》および《漢文大系》(冨山房)・《新釈漢文大系》(明治書院)・《中国の古典》(学習研究社)それぞれのシリーズに収められた「鰐魚文」の訓読を指す。

もっとも、それが漢文訓読体として日本語の文章に入り込めば、様相が異なる場面も出てくる。簡便を期して『日本国語大辞典』で「聴従」を引くと、中村正直[訳]『自由之理』(1872)こそ「人民のこれ〈に〉聴従するもの」のごとく「に」を用いているものの、矢野龍渓『経国美談』(1883-84)は「威氏の忠告〈を〉米人が聴従せしものなりとぞ」のように「を」を使う。これは前方の「聴」に義理立てした読み方だ。

結局のところ、「~〈に〉聴従す」「~〈を〉聴従す」は、どちらも可なのである。

「聴順」に関わる訓読

もう一つ、「聴従」と同義の「聴順」についても観察してみよう。「聴順」は、「聴従」の「従」が同義の「順」に入れ替わっただけの語である。連文「従順」の存在に想いを致せば、「聴順」も「~〈を〉聴く」と「~〈に〉順(したが)ふ」に分解できる「に/を」並立型の語であることはわかりやすいだろう。

『三国志』蜀書・諸葛亮伝に「聴順所守」という四字が見える。「聴順」が動詞、「所守」が目的語という構文だが、《和刻本正史》(汲古書院)の『三国志』を検すると、「聴二-順ス所ヲ一レ守ル」のような訓点が付いており、「守る所〈を〉聴順す」と訓じていることは明らかだ。前方の「聴」に義理立てしているのである。

また、『後漢書』何敞伝に現れる「聴順其意」についても《和刻本正史》の『後漢書』を調べてみると、「聴二-順フ其ノ意ニ一」のごとく訓点が付いている。送り仮名「フ」から察するに、「聴順」を訓読みして「其の意〈に〉聴順(ききしたが)ふ」と読んでいるのだろう。たしかに「ききしたがふ」と訓読みすれば、後方の「順」に義理立てするしかあるまい。「~〈を〉ききしたがふ」という日本語は、いかにも不自然に響くからだ。『広漢和辞典』(大修館書店)の「聴順」項は、同じ例文に「聴二-順ス其ノ意ヲ一」と訓点を加え、「其の意〈を〉聴順す」と訓じているが、音読みサ変動詞「聴順す」が助詞「を」を用いる根拠になるとは思えない。「~〈に〉聴順す」と読んでも、特に違和感はないだろう。  やはり、「~〈に〉聴順す」なのか「~〈を〉聴順す」なのか、にわかには是非を決めづらいのが実情かと見受ける。

「聴従」「聴順」以外にも、「信頼」と同型の語は少なくあるまい。たとえば「習慣」だ。これを「なれる、適応する」意の動詞として用いれば、同じく「~〈を〉習ふ」と「~〈に〉慣れる」にばらける「に/を」並立型の語となる。たまたま目にした前野良沢・杉田玄白[訳]『解体新書』(1774)の「凡例」第一条には「習二-慣ス其事ヲ一」(一ウ)すなわち「其(その)事〈を〉習慣す」と見えるが、もし「習二-慣ス其事ニ一」つまり「其事〈に〉習慣す」と訓読してあれば、それはそれで抵抗なく受け取れるはずだ。「~に…を習ふ」という言い回しが可能なためだろうか、「~〈を〉習慣す」よりも、「~〈に〉習慣す」のほうが、むしろ自然に聞こえるくらいかもしれない。

結び

以上、助詞「に」と「を」をめぐって閑文字を連ねてきたが、この二つの助詞に関する揺れは、かなり出自が古いようだ。手もとの『訓点語辞典』(東京堂出版)を調べてみても、藤原家の系統の訓法を伝える群書治要本『三略』(1253)の「己レ〈に〉専ス」が、菅原家の系統の訓法を伝える知恩院本『三略』(1313)では「己〈を〉専ハラス」になっており、「同じ動詞でも目的語としてとる名詞への格支配が〈に〉と〈を〉のように異なる例が多い」(p.72上段)とある。鎌倉時代の昔から、いや、おそらくは、さらに遠く平安時代から、「おのれ〈に〉もつぱらす」なのか「おのれ〈を〉もつぱらす」なのか、訓法に関する流儀の違いが存在したのだろう。

このように見てくれば、日本国憲法前文の「公正と信義〈に〉信頼して」を「公正と信義〈を〉信頼して」に修正せよという石原氏の主張は、古くて新しい問題をはらんでいることがわかる。現代日本語の感覚としては、「公正と信義〈を〉信頼して」のほうが自然に聞こえるに違いない。けれども、漢文訓読体として考えれば、「公正と信義〈に〉信頼して」を間違いと言い切るわけにはゆかず、いずれも可能としか言いようがないのである。さすがに、今日の日本で、助詞に関する流儀が「~〈を〉信頼する」派と「~〈に〉信頼する」派とに分かれているという話は、寡聞にして知らないけれども。

もちろん、俗に謂う「シェークスピアの作品は、口語の変化に合わせて二十年ごとに訳し直さねばならない」との伝に倣い、憲法にも時の口語に合わせた文体を用いなければならぬとすれば、石原氏の修正案のとおり、「を」に改めるのが妥当ということになる。日本国憲法が基本的には敗戦後の混乱時に米軍の起草した案文を日本語に改めた翻訳憲法である以上、案外それも有力な修正理由となるのかもしれない。

ちなみに、「公正と信義〈に〉信頼して」の原文と思しき英文は〈trusting in the justice and faith〉である。他動詞〈trust〉と自動詞+前置詞〈trust in〉の違いを学習するには、それなりに役立つ例文となり得るだろう。ただし、『スーパー・アンカー英和辞典』第3版(学習研究社)を引くと、いずれも「…〈を〉信頼する」と訳されている。残念ながら、両者の相違は、〈trust〉であれば「~〈を〉信頼する」、〈trust in〉ならば「~〈に〉信頼する」という話ではない。


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