ことばと文化のミニ講座

【Vol.90】 2015.5   服部 裕

近代帝国主義の歴史と今日

今なぜ「帝国主義」を問うのか?

今年は戦後70年の節目の年である。70年も過ぎると、もはや「戦後」という呼び方がピンとこない世代が多数であろうが、集団的自衛権行使容認の問題、特定秘密保護法の問題、あるいは沖縄の基地問題など、まだまだ過去の戦争と関わりがある諸問題が数多あることを考えると、「戦後」という枕詞には今も現実感が伴う。

反面、70年の時が過ぎると、さすがに過去の痛みと教訓を忘れてしまい、かつての過ちを繰り返す恐れが大きくなってきているようにも思われる。過去の過ちにはいろいろあるが、最大の過ちは戦争を行ったことである。近代日本が行った戦争はいずれも世界史における近代帝国主義時代のものであるが、とりわけ昭和の一連の戦争は明確に日本の帝国主義がもたらした戦争であったと言わざるを得ない。

というわけで、敗戦後70年目の今日、改めて過去の近代帝国主義が如何なるものであったかについて整理し、今日のための教訓としたいと思う。

「アメリカ帝国」(?)の衰退

第二次世界大戦後の東西冷戦構造がソ連邦崩壊によって終焉を迎えたとき、世界は「アメリカ帝国」による一強支配の時代に入ったと思われた。それは、20世紀の両大戦を経由して、アメリカ合衆国が強大な軍事力を背景としながら、その政治力と経済力によって推進してきた世界支配の最終局面であるかのようでもあった。

しかし現実には、東西冷戦終焉後のアメリカ合衆国は「帝国」の終末期に入ったと言える。ベトナム戦争の敗戦が象徴するとおり、世界の政治・軍事支配の困難とコスト増大、世界支配を可能にしてきた実体経済の後退とそれに伴うドルの弱体化、それにも拘らず「豊かな国」の生活様式を変えようとしない大量消費社会の借金体質等々、70年代後半から90年代にかけての諸々の現象はすでに「アメリカ帝国」の終焉の始まりを示していた。(レーガン大統領は財政支出の拡大、減税ならびに規制緩和によるレーガノミクスによって、『スターウォーズ』の「帝国の逆襲」さながらの経済回復を試みたが、結果的には膨大な貿易赤字と財政赤字という借金体質を強めただけに終わった。)2001年9月11日のアメリカ合衆国への同時多発テロは、「帝国」の揺らぎをアメリカ国民に実感させたという意味で、彼らを計り知れない戦慄に突き落とし、自暴自棄なイラク戦争に突入させたのである。

一方、経済分野を見れば、2008年のリーマンショックは、健全な富の基盤である生産を忘れ、汗をかくことなく利益を得る金融経済に過度に依存する大量消費社会の成れの果てであった。遠くは1970年代のドル・ショック、さらには1985年のプラザ合意が示しているとおり、すでに終わりかけていたドルの世界経済支配の幻影が2008年に雲散霧消したということである。(フランスの歴史人類学者エマニュエル・トッドは、アメリカが2003年にイラク戦争に突入したその前年に著した『帝国以後』(藤原書店)のなかで、「アメリカ帝国」の衰退を見事に予言している。)

今日のアル・カイダや「イスラム国」などのイスラム過激派によるテロリズムの蔓延と世界秩序の崩壊は、まさに旧来の帝国型世界支配の衰退を表現しているとも言える。世界の無秩序は、もはや「世界の警察」たりえなかった「アメリカ帝国」が、G.W.ブッシュ大統領の「狂気」の下、わけても中東地域の不安定なバランスを一挙にぶち壊したことによって招いたと言っても言いすぎではないであろう。

以上のように、19世紀後半から世界を支配してきた旧来の「近代帝国主義国家」は、この20年余で確かに衰退した。では、世界は帝国主義的支配の軛を解かれて、より自由で平等、そして平和な世界へと発展したであろうか。残念ながら、答えは否である。確かに、強大な軍事力を背景にした帝国主義のスタイルは、(仮に今後中国がそれをますます増強したとしても)後退したように見えるが、グローバリゼイションという生産体制および金融体制に依る新たな帝国主義的支配は継続しているように思われるからである。それはかつてのそれのように、一国の国民全体の利益とは結びつかない形であるが、相変わらず世界の貧困地域を搾取する方法で、確実に先進諸国の特定の階層の利益を確保しているという意味で、近代帝国主義の系譜につながっていると言えるのである。

「近代帝国主義」の本質

J. A.ホブスン(※1)が1902年に著した『帝国主義論』によると、近代帝国主義が本格的に始まるのは1884年ということになる。もとより近代帝国主義は古代ローマ帝国や中世の神聖ローマ帝国、さらには近代初期の大航海時代における植民主義(北アメリカやオーストラリア、あるいは南米諸国等々)を基盤に据えた大英帝国やスペイン帝国、あるいはフランス植民帝国などの旧来の帝国主義とは、本質的に性格を異にしている。

図:近代帝国主義によるアフリカ分割(ホブスン:『帝国主義論』から引用)
図:近代帝国主義によるアフリカ分割
(ホブスン:『帝国主義論』から引用)

「便宜上一八七〇年を以て帝国主義の意識的政策の端緒を示すものと見なしてきたが、その運動は八〇年代の半ばまでは充分な勢を得なかったことは明らかであろう。領土の莫大な増加、竝にアフリカの廣大な地域を我が國に帰属させた大規模な分割の方法は、一八八四年に始まったといってよい。十五年間の間に、ざっと三百萬乃至三百二十五萬平方マイルがイギリス帝国に附加されたのである」(『帝国主義論、上巻』、岩波文庫、64頁)とホブスンが定義した新帝国主義(近代帝国主義)は、もはや宗主国の人民の植民を伴わない、純粋に経済的利益を確保するために行われたヨーロッパ列強の領土拡大政策を意味しているのである。

ホブスンの理論に従うと、近代帝国主義は次のような経緯を辿って近代国民国家(=民族国家)にもたらされた。曰く、フランス革命とナポレオン戦争を契機に形成されたヨーロッパの国民国家は有産市民に自由経済を保障し、産業革命という技術革新を実現することと相俟って、資本主義を急速に発展させる。その結果、19世紀後半の60~70年代になるとすでに国内市場は飽和状態になり、物を作っても売れない過剰生産の状況に陥る。つまり、資本は拡大のための投資先を失い、資本主義にとっては致命的な危機的状況が出現したのである。ハンナ・アーレントの言葉を借りると、次のとおりになる:「帝国主義的膨脹のすぐ前には特異な性格の経済的危機の時期があった。その危機とは資本の過剰生産、つまり資本が一国の枠内ではもはや生産的に投資され得なくなったために単に有り余った資金となったという危機である」(『全体主義の起原2、帝国主義』、みすず書房、21頁)。(この「資金の有り余り」の現象は、現在の日本のデフレ不況による「過剰資本」の状況に類似していないだろうか。)

ホブスンの理論を出発点として20世紀の全体主義の起原を解明しようとしたアーレントは、国民国家の支えである階級社会の生産システム、つまり資本主義的国民経済の行き詰まりと、階級社会の生産競争から落伍した「モッブ(Mob)」(※2)の出現とによって、帝国主義が国家政策に成り上がったことを以下のように指摘している。

「資本主義の発展のもう一つの副産物として、余った富よりもっと古くから生まれていたものがあった。人間の廃物がそれである。彼らは、工業拡大の時期のあとを必ず襲った恐慌ごとに生産者の列から引き離され、永久的失業状態に陥れられてきた。無為を強いられたこれらの人々は過剰資本の所有者と同じく社会にとって余計な存在だった。そのうえ彼らはまことに脅威的な要素であって、そのため全19世紀を通じて絶えず他大陸に輸出されてきた。(中略)しかし過剰となった資本と過剰となった労働力のこの両者を初めて結びつけ相携えて故国を離れさせたのは、帝国主義だった。」(『全体主義の起原2、帝国主義』、47頁、下線強調は引用者による)

つまり、資本主義が産み落とした過剰資本と過剰労働力(モッブ)の結合こそが、国民国家の枠組みを越えて他大陸への莫大な資本投下を推進し、実体経済に依らない無限の金融的利益の搾取を実現する帝国主義の本質なのである。このように、帝国主義政策は本来一部の資本家と階級社会の「落伍者」のための利益供与システムにすぎず、新たな領土拡大のために軍事力を行使することは、一般国民にとっては平和を脅かす災厄でしかないはずであった。しかし、ヨーロッパの先進諸国がそれぞれ国民経済の行き詰まり(過剰生産と過剰労働力)の打開策を新たな帝国主義政策に求めたのは、軍事力を背景とした膨脹政策こそ資本主義の利潤を維持する唯一の手段と看做したからである。

また、複数の国家が同時に対外的な膨脹政策を競うことから、帝国主義政策は必然的に軍国主義的性格を伴わざるを得なかったのである。アーレントは次のように指摘している:「国家権力手段の輸出と、国民の労働力と国民の富が投下されている領土の併合という膨脹政策は、資本と生産力の絶えず増大する損失を防ぎ、国民経済の中では不要となった諸力を国民経済のものとしてなおかつ維持し得る唯一の手段だと思われた」(『全体主義の起原2、帝国主義』、47頁)。(アーレントは帝国主義政策を推進した「モッブ」が、ドイツでは海外領土のみならず国内においても資本と同盟したことこそ、後に近代階級社会を崩壊させる全体主義、つまりナチズムが成立する決定的要因であったと指摘している。つまり、帝国主義こそが後の全体主義の成立を準備したということであるが、そのことについては別の機会に論ずることにする。)

以上見てきたように、帝国主義政策は近代国民国家の資本主義に宿命づけられた絶えざる利潤追求と絶えざる経済拡大を、自国のためだけに貪欲に追い求めた結果であると言える。また、各国の帝国主義政策は国民国家の民族主義と結合することで、競合する他国を軍事的に排除し、領土拡大と権益拡大を確保しようとしたのである。

「(前略)全人民の利益と意志とが国家権力を行使するところの政治的民主主義は、帝国主義の全過程と真向から対立する(後略)」(『帝国主義論』、29頁)とホブスンが指摘しているとおり、帝国主義は本来、国民全体の利益を保障するものでなく、一部の階級だけの利益確保のシステムであることを考えれば、市民の繁栄を指向した19世紀前半の民族主義とは相容れないものがあった。しかし、国家権力は全人民に関わる民主主義的政策の追求より、一部の階級の利害と結びつき、対外的な拡大政策によって国家経済の底上げを図る方がより簡便な方法であると認識したと言える。そこに、帝国主義が民族主義と結合する可能性が生じたのである。これは、自由主義的市民社会を保障するのは健全な民族主義であると考えたホブスンやアーレントにとっては、大いなる逸脱であり、帝国主義は現実的に国民国家の自由と平和を乱すものだった。民族主義が帝国主義と結びついたことを「ナショナリズムの堕落」とホブスンが考えたことを、アーレントは次のように紹介している:「すでにホブスンは帝国主義とナショナリズムの根本対立も、ナショナリズムの帝国主義化への傾向も、ともに認識していた。彼によれば帝国主義は『ナショナリズムの堕落』である」(※3)(『全体主義の起原2、帝国主義』、51頁)

このように、本来は純粋に資本の論理から発動された帝国主義は、ひとたび国民国家の国策となったとき、一部の階級だけの利益確保の枠を越えて、国家全体の利益追求という「大義」の仮面をかぶったのである。まさに帝国主義のこうした本質を明らかにするために、幸徳秋水は1901年に『帝国主義』を著す。曰く、「(前略)帝国主義はいわゆる愛国心を経となし、いわゆる軍国主義を緯となして、もって織り成せるの政策にあらずや。少くとも愛国心と軍国主義は、列国現時の帝国主義が通有の条件たるにあらずや」(『帝国主義』、岩波文庫、19頁)。ちなみに、「愛国心」に関するアーレントの表現を借りると、帝国主義者は「ホブスンの言ったように『愛国心の寄生虫』であって、ネイションの存続を願う愛国者の真摯な憂虜を餌に自らを肥やしていた」輩であり、「国民の内部に巣くうきわめて危険な敵」(『全体主義の起原2、帝国主義』、50頁)ということになる。ホブスンと秋水の認識に共通するのは、「堕落した愛国心」(秋水にとっては「愛国心」そのもの)が健全な近代社会を破壊する元凶であるということである。秋水曰く、「故に知れ政治をもって愛国心の犠牲となし、教育をもって愛国心の犠牲となし、商工業をもって愛国心の犠牲となさんと努むる者は、これ文明の賊、進歩の敵、而して世界人類の罪人たるを」(『帝国主義』、49頁)

以上の文脈で秋水はいち早く、日清戦争に発現した日本の海外拡大政策の本質を欧米列強に倣った帝国主義政策として捉え、それを痛烈に批判した。「故に我は断ず、文明世界の正義人道は、決して愛国心の跋扈を許すべからず、必ずやこれを苅除し尽さざるべからずと」(前掲書、50頁)と言うとおり、もとより近代文明の進歩によって諸人民の貧困を克服することを是としていた秋水にとって、領土拡大のための対外戦争は「文明の戦争」などではなく、「野蛮国家の戦争」以外の何ものでもなかったのである。

秋水やホブスンの分析どおり、その後世界の列強は帝国主義政策の衝突によって二度の世界大戦を勃発させ、諸国民に多大な犠牲を強いた。

新帝国主義時代に、遅ればせながら国外の領土を拡大し始めたドイツ第二帝国は、先行の帝国主義国家に対して熾烈な戦い(第一次世界大戦)を挑んだあげくに、その20年後にはヒトラー率いる全体主義国家として二度目の世界大戦を起こしたのである。第一次世界大戦で世界の列強に肩を並べたと思い込んだ日本も、昭和に入ると「愛国心」の掛け声の下、軍国主義に基づく帝国主義政策を推進し、アジア太平洋地域で領土拡大を目指した。

つまり、ファシズムに対する自由主義の戦いと看做される第二次世界大戦は、その根底に帝国主義国家間の覇権争いの性格を有していたのである。

グローバリゼイションという「帝国主義」?!

先に述べたように、今日の先進諸国は露骨な領土拡大政策によって経済的利益を確保しようとしている訳ではない。しかし、グローバリゼイションという経済世界の一元化によって、資本は国家の枠を越えた領域でより効率的に利潤を追求し続けている。今日の資本は国家の枠組みに依存することなく、インターナショナルな金融市場を通して途上国の産業をコントロールし、低賃金の労働力を搾取しているのである。かつて近代帝国主義の始まりを促した南アフリカ地域の金鉱やダイヤモンド鉱山などへの投資と同じように、今日でも途上国での危険を伴う金属資源の採掘への投資や、途上国の低賃金労働力による生産への投資などで、汗をかくことなく富みを蓄積する富裕層が世界には存在するのである。

つまり、(もちろん単純に19世紀型帝国主義と比較することは許されないが、)今日のグローバリゼイション経済にも「帝国主義的性格」がないとは言えないということである。それは先進国による途上国の搾取を意味するだけでなく、先進国内部においても経済格差を拡大させ、新たな階級社会を形成し固定化するという、言わば富みの偏在を産み出す原因になっているようにも思われる。西洋先進国の若者が極めて非人道的な「イスラム国」などの過激派にシンパシーを抱き、自らそれに参加する事例の裏には、グローバリゼイション経済と電子媒体によってますます一元化する世界の(富裕階級による)支配構造に対する絶望と反発があると看做すことはできないだろうか。

また、敗戦後70年が過ぎようとする今日、中国の拡大政策に対抗するかのように国家主義的な傾向を強めている日本政府が、(かつてのような帝国主義的野心を秘めていると言うつもりはないが)昭和前半期のそれを全否定せず、過去の教訓に学ぶ姿勢を忘れ去ろうとしているように映るのは、筆者の思いすごしであろうか。


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