ことばと文化のミニ講座

【Vol.87】 2014.12   勝又 基

Momotarō in USA

海を越える桃太郎

私はこの4月から1年間の予定で、米国ボストンのハーバード大学へ留学に来ています。こちらは大学も街も想像以上に多国籍で、さまざまな背景や起源を持った人たちと話す機会があり、日本にいると味わえない種類の知的な刺激に囲まれた毎日を過ごしています。

そんな中、10歳まで台湾に住んでいたというカナダ人留学生と話す機会がありました。驚いたのは、「桃太郎」「金太郎」「姥捨て山」といった日本の昔話は、台湾の子供なら大概知っていますよ、と言われたことです。

私たちも海外の昔話を読んだり聞いたりすることはありますが、子供の頃から聞かされている話が、文化の異なる外国でも読まれているというのは、なんだか不思議な気持ちがします。

ふと、「ここ米国ではどうなのかな」、と疑問が湧きました。ためしに市民図書館の端末で「momotaro」と検索すると、それなりにヒットします。「peach boy」でもヒット。相互利用などで取り寄せてもらい、『桃太郎』の絵本15点ほどに目を通すことができました。

さまざまな違和感

目を通してみてまず気づくのは、我々が知っている「桃太郎」の話と違う部分が多いな、ということです。そのうちの何点かを挙げてみましょう。

〈犬・猿・鷹〉

犬、猿、鷹。—Hook『Peach Boy』(1992)
犬、猿、鷹。—Hook『Peach Boy』(1992)

たとえば右の写真を見て下さい。Hook『Peach Boy』(1992)です。犬・猿とともに子分になっているのは、雉ではなく、鷹(Hawk)です。鬼を退治するだけの力強いイメージを求めて書き換えたのでしょう。

さすがに鷹が出てくる「桃太郎」は、知る限りではこの本だけです。これが作者独自の工夫であることは間違いないでしょう。

〈歌うお婆さん〉



お婆さんが洗濯していると川上から桃が流れて来きます。米国の絵本のいくつかでは、桃が向こう岸のほうを流れてしまい、手が届きません。そこでお婆さんは、こんな歌を歌います。

She was so sad that she sang a song:
"Big peach, big peach.
Come close, so I can reach."
And odd as it may seen, the peach did just as the woman asked!
—Motomora『Momotaro』(1989)より

訳:彼女は悲しんで歌いました。「大きな桃や、大きな桃や、こちらへおいで、とどくとこまで」。すると不思議なことに、桃はおばあさんの言う通りに動いたのです。

こんな場面、我々が知っている桃太郎にあったでしょうか?

〈桃太郎は祈りのたまもの?〉



米国の絵本のいくつかでは、桃太郎が桃が割れて出てきたとたんに話し始めます。たとえばShute『Momotaro the peach boy』(1986)では、こんな具合です。

"Don't be frightened," said the baby. "I'm the ansewer to your prayers--the child of your old age."

訳:「怖がらないで」赤ちゃんは言いました。「お爺さんお婆さんの祈りが通じて、ぼくが生まれたんだよ」。

生まれたての桃太郎が話せるのも違和感がありますが、祈りが通じて授かった、というのは、さらに耳慣れないエピソードです。

古くからある英語訳

さて、こうした米国の絵本作家たちは、「桃太郎」の情報をどのように入手したのでしょうか。調べてみると、「桃太郎」が英語圏に翻訳された歴史はかなり古いようです。

早いものでは1878年(明治11)に雑誌に発表されたC. Pfoundes「Some Japan Folk-Tales」や、1880年(明治13)に出版されたウィリアム・エリオット・グリフィス著『Japanese Fairly World』など。また「ちりめん本」というのもあります。これは、明治10年代から日本で出版された外国語で書かれた絵本の一群です。外国人への土産物として、さまざまなタイトルが出版されました。「ちりめん」というあだ名の通り、紙で出来ているものの、縮緬の生地のような細かいシワがあり、今はコレクターズアイテムにもなっています。

このように明治期に「桃太郎」はくりかえし英訳されて来ましたが、いま市民図書館で読むことができる英語版の絵本「桃太郎」に大きな影響を与えたのはどれでしょうか。比べてみると、断然、Yei Theodora Ozaki著『The Japanese Fairly Book(日本のおとぎ話)』の影響が強かったことが分かります。この本は1903年(明治36)に英国ロンドンで出版されたものです。

さすがにこの本に鷹は出てきませんが、お婆さんは桃を引き寄せるために歌を歌っています。また桃太郎も、生まれてすぐに話し始めます。そこでの台詞は、こんな感じです。

"Don't be afraid. I am no demon or fairry. I will tell you the truth. Heaven has had compassion on you. Every day and every night you have lamented that you had no child. Your cry had been heard and I am sent to be the son of your old age!"

訳:「怖がらないで。僕は悪魔でも妖精でもありません。本当のことをお教えします。天があなたたちに同情したのです。だって、毎日子供がいないことを嘆いていたでしょう。それを聞き届けて、ボクを使わしたのです。」

桃太郎は生まれてすぐに口をきくばかりでなく、天(Heaven)からの使いとされているところが興味深いですね。

どうやら、英語版『桃太郎』を読んで感じる違和感の源は、この明治中期に翻訳された『The Japanese Fairly Book』という本にあるようです。

翻訳の元ネタ

さてこの、米国の桃太郎に大きな影響を与えた『The Japanese Fairly Book』は、その序文で、次のように記しています。

They have been translated from the modern version written by Sadanami Sanjin.

訳:これらの話は、サダナミ・サンジンが書いた現代版を翻訳した。

「サダナミ・サンジン」とは誰でしょうか。これは間違いなく、サザナミ・サンジン(小波散人)の誤り。明治期を代表する児童文学者・巌谷小波(いわや さざなみ)のことです。小波は明治27年(1894)から『日本昔噺』というシリーズを出版し始めますが、その第1弾が「桃太郎」でした。この序文署名のルビに「さゞなみさんじん」とあるうちの「ゞ」を、くずし字の「だ」(字母は「多」)と見誤ったのでしょう。じっさいに文章を比べてみると、たしかに『The Japanese Fairly Book』は小波『日本昔噺』を手元において英訳したであろうことが、ありありと窺い知れます。

違和感の元は日本

ここで注目したいことがあります。それは、先ほど見た英語版「桃太郎」のうち、現代の我々から見て違和感を持つようなおかしな部分が、じつはもともと、巌谷小波『日本昔噺』に記されていたものだ、ということです。

たとえばお婆さんが流れる桃に向かって歌をうたう場面。これは小波『日本昔噺』では次のように記されています。

流れて来る桃に向ひ、「遠い水は辛いぞ!近い水は甘いぞ!辛いところは除けて来い!甘いところへ寄て来い!」と、手拍子を面白くとって、二三遍繰り返して言ひました。

また、生まれたばかりの桃太郎が、いきなり口をきく場面。もともとは、こんな文章でした。

嬰児はそれを制して「イヤ驚くまい驚くまい、私は決して怪しい者ではない。実は天津神様(あまつかみさま)から、御命(おほせ)を蒙つて降つたもので、其方(そなた)衆二人がこの年ごろ、子供がないとて嘆いているのを、神様も不便(ふびん)に思し召し、則ち私を授ける程に、吾が子にして育てよとの事だ」(一部表記を改めた)

先にも見たとおり、『The Japanese Fairly Book』では、「Heaven」が桃太郎を老夫婦のもとへつかわした、と書かれていましたが、それは小波『日本昔噺』にある「天津神様(あまつかみさま)」の訳語だったのです。

つまり、いま出回っている英語版「桃太郎」を日本人が読んで不自然に思う点は、その多くが、元をたどってみれば日本からの発信だった、という訳なのです。英語版「桃太郎」は、エセ日本文化ではなく、日本でほとんど受け継がれていない明治期の巌谷小波『日本昔噺』の痕跡を、あたかもタイムカプセルのように、今に伝えていたのでした。

なんだか不思議な堂々巡りです。自転車であてどなく走り続けたら、家の前に着いてしまったような。ただ、英語版「桃太郎」を調べて分かったこの結果は、昔話絵本とは何か、ということを考える上で、大きなヒントを与えてくれそうです。

昔話は変わりゆく

昔話というのは、民族の精神の深層を表している神話のような存在、と考えられることが多くあります。しかしじつは、それとは正反対の面も持っています。本筋を壊さない限りは、細部においてかなり手を加えても許される、という面です。そのため著者や語り手は、許される範囲内で工夫をこらし、時に思想を盛り込みます。その意味では、古典落語に近い存在だと言えるでしょう。とくに明治以降、またとくに絵本において、その傾向は顕著です。

日本の100年ちょっと前に書かれた巌谷小波『日本昔噺』は、今の我々には、ほとんど伝えられていません。時代とともに、「桃太郎」絵本は、大枠を壊さない範囲でどんどんと作り替えられてきたからです。みなさんが「これこそ桃太郎!」と思い込んでいる、場面や表現は、いつ、どこで、誰によって作られたものなのでしょうか?案外、最近のことかもしれません。

英語版「桃太郎」における独自の変化は、上に述べたような昔話絵本の本質から生じた、一つの変化形態だと言うことができます。とくに明治期の巌谷小波『日本昔噺』の逸話をそのまま伝えていることは、「周縁に古い形が残る」という、文化伝播の一般的な法則とも一致していて興味深いところです。英語版「桃太郎」には、たしかに日本文化の理解が不十分だな、と思われる箇所はあります。しかしこれを読んで、単なるアラ探しだけで終わってしまうのは、あまりに勿体ない話だと思います。


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