ことばと文化のミニ講座

【Vol.70】 2013.2   田村 良平

ミュージカル〈レ・ミゼラブル〉の魅力

人気を集めるミュージカル〈レ・ミゼラブル〉

日本文化学科では平成24年度から新入生対象の学外観劇企画を立てています。第1回として好評を博したミュージカル〈ミス・サイゴン〉(2012年7月8日・めぐろパーシモンホール)に続き、新年度の第2回には「ミュージカルの王」とまで讃えられる偉大な人気作〈レ・ミゼラブル〉を鑑賞します(2013年5月19日・帝国劇場)。

この作品は現在、多少のアレンジを加えつつも全曲そのままを活かした同名の実写版ミュージカル映画(トム・フーパー監督、ヒュー・ジャックマン主演)として作られて大ヒット中、週刊誌やテレビなどでも話題ですね。封切後すでに3ヶ月を経た現在(2013年3月)も上映中とは近来まれに見る大ヒットですが、これは取りも直さず、ミュージカル作品〈レ・ミゼラブル〉自体の人気の証拠にほかなりません。

そこで今回は、簡単ながら、われわれにとってのミュージカルの、作品としての〈レ・ミゼラブル〉の、意味や魅力について、その一端を紹介したいと思います。

ミュージカルの発生

簡単に言えば「歌入りの芝居」。それがミュージカルです。

ただし、その内実ははなはだ多彩で、ひとつの定義に収めきることはできません。

ヨーロッパには16世紀最末に創造・制作されて以来(トスカーナ大公国ジョヴァン二・デ・バルディ伯爵邸におけるオッターヴィオ・リヌッツィーニ作詩、ヤコポ・ペーリ作曲の〈ダフネ〉Dafne)、長く続いている「オペラ」の歴史があります。これと並行し、オペラの担いきれなかった大衆性・演劇性を補完するかたちで、19世紀半ばのパリでは芝居の要素をふんだんに盛り込んだ「オペレッタ」が大人気を博しました。仕掛け人はジャック・オッフェンバック。その代表作が、みなさんその序曲の一節を必ず聴いたことがあるはずの、1858年に作曲・初演された〈天国と地獄〉(原題〈地獄のオルフェ〉Orpheé aux Enfers)です。

元々オペラには、ごく大雑把に言えば、喜劇的な「オペラ・ブッファ」と悲劇的な「オペラ・セリア」とがあり、正統とされたのはあくまで後者でした。これに対し、オペレッタはその発生時から喜劇的内容に限られ(悲劇的結末に終わるオペレッタ作品ははるか後年の1929年初演、フランツ・レハール作曲〈ほほえみの国〉Das Land des Lächelnsが最初でしょう)、上演される劇場もオペラとは厳しく区別されました。オペラと同じくクラッシック音楽の語法で作曲されているにもかかわらず、オペレッタは初めから「オペラとは比較にならない格下のもの」と位置づけられていたのです。

そして、その伝統・慣習は原則として現在も守られています。

それだけに、オペレッタの創作にタブーは皆無でした。硬直した社会通念や人々の偽善、政治・宗教の権威を笑い飛ばして大胆に指摘することがオペレッタの絶大な人気を支えたのですから、分かりやすい筋立てや耳に心地よい音楽以上に、オペレッタの特質はそのしなやかな批評性にこそあった、と言えると思います。

オッフェンバックが活躍した19世紀のパリ。そして、かのヨハン・シュトラウスが1874年初演の〈こうもり〉Die Fledermausをはじめ陸続と傑作を発表したヴィーン。やがて20世紀初頭のドイツに創造の本拠を移したオペレッタは(前述〈ほほえみの国〉はベルリン初演)、海の向こうの文化新興国・アメリカに渡ります。そこで新たな劇場文化となって変質、映画音楽と競合するなかでジャズやロックミュージックなど新しい音楽要素を貪欲に取り入れ、きわめて多様な変化を重ねたのが現在のミュージカルなのです。劇的主題も音楽傾向もまったく自由な創作として現代のミュージカルは再生を続けていますから、豊麗なオペラ風の〈オペラ座の怪人〉The Phantom of the Opera(アンドリュー・ロイド=ウェバー作曲、1986年ロンドン初演)から、過激なロックが全編に炸裂する〈ヘドウィグ・アンド・アングリーインチ〉Hedwig and the Angry Inch (スティーヴン・トラスク作曲、1997年ニューヨーク初演)まで、テーマもスタイルもあまりに広く、結局「歌入りの芝居」という緩いくくりでしか定義できないのが現状、というわけです。

「メロディー」をめぐるオペラとミュージカルの問題

オペラは現在も新作されています。ですが、20世紀後半以降に作られた作品でオペラハウスの定番演目として定着し聴衆にも愛されている作品となると、ほんのごく少数の例外を数えるばかり。いま私たちが「オペラ」と聞いて思い起こす大半は19世紀から20世紀初頭に作曲されたものです。

現代オペラがなぜ敬遠されるのか。ひとつの事実を挙げるならば、それは「素人が聴いて心に残るメロディーの美しさを半ば放棄したところに現代のオペラが立ち到っているから」かもしれません。

これは、文化史的に見れば、ある意味で必然なのです。古典的には音楽は、美術や建築と同様、思想の産物でもあります。変化・進化をたどった思想は後戻りできません。現代音楽のジャンルでは、ヴェルディやプッチーニのように旋律美でオペラを編み出す手法はとうの昔に時代遅れになっています。単純に再生するわけにはゆきません。それあたかも、現在、崇高なパルテノン神殿や華美なヴェルサイユ宮殿のスタイルを墨守して新築される建物が皆無なのと似ています。そうした趣味的・時代錯誤的な産物は「キッチュ=俗悪なマガイモノ」と見なされました。大作曲家ヴァグナーを庇護したバイエルン王ルートヴィヒ2世が過去のさまざまな建築様式を「いいとこ取り」式に掛け合わせ19世紀末に新築した中世風城郭「ノイシュヴァンシュタイン城」はその典型です。

それに比べて、ミュージカルはどうでしょう?クラッシック音楽がその教養主義的側面から「現代音楽」となって一般の聴衆と乖離してしまったのとは異なり、オペレッタから変質したミュージカルは、是非はともあれ、常に商業主義・大衆主義と歩みを共にし続けました。昔も今も人々は「歌」が大好きです。つまり、現代音楽が放棄した、せざるを得なかった(紙数が足りないのでこのことについてはこの場で詳述できません)メロディーの美を、ミュージカルでは捨てる必要がありませんでした。それどころか、むしろ「これでもか」というほど巧みに作曲し、人々の心に沁み入る名歌を生み出し続けることこそ、ミュージカルの使命だったわけです。

その意味で、いまも陸続と新作が発表されているミュージカルは、オペラが失った大切な一面を別のかたちで継承する舞台芸術と言えるかと思います。

ミュージカル〈レ・ミゼラブル〉の意義

フランスの文豪ヴィクトル・ユゴーが1862年に発表すると同時に社会的センセーションを捲き起こした長編小説が『レ・ミゼラブル』Les Misérablesです。わが国では1902~03年にかけて新聞小説としてはじめて抜粋のかたちで訳されました。『噫無情(ああむじょう)』と題された黒岩涙香の抄訳は名文で長く命脈を保ちましたが、これは原作の三分の一ほどに縮めた翻案です。

完訳では文庫本ゆうに5冊にも及ぶ大作を、第1幕90分+第2幕75分のサイズに音楽劇化するのは並大抵のことではありません。そこで、原作の内容を大胆にまとめ、人物関係や性格までも整理し、新たな解釈で再生されたものがミュージカル〈レ・ミゼラブル〉です。アラン・ブーブリル作詞、クロード=ミシェル・シェーンベルク作曲により原作地・パリで1980年に初演された初版を大幅に改訂、1985年にロンドンで上演されるや爆発的な人気を呼んで、現在も当地で連日続演中というのは驚異的なことです。日本では岩谷時子ほかの訳詞によって1987年に初演され同様の評判を得、断続的に上演が重ねられています。わが国でも海外でもファンの間では「レミ」「レミゼ」という略称だけで通用する、そんなミュージカル作品はほかにはありません。

わずか1個のパンを盗んだことにより19年もの懲役刑を科せられた男、ジャン・バルジャンの波瀾万丈の生涯。その背景となった、矛盾と苦悩に満ちた19世紀前半のフランス社会。実は、ユゴーの原作もミュージカル版も、Les Miserables(直訳すれば「悲惨な人々」)という作品の根柢に流れるのは、キリスト教信仰の絶対性と自由を求める飽くなき市民社会改革の歴史。つまり、そのどちらも、現代の日本人とは最も遠くかけ離れたところにあるものです。「レミ」を象徴する名曲として知られる感動的な合唱「民衆の歌」The people's songは、この二つを支える精神の凱歌にほかなりません。 数々の至高のメロディーに彩られ、感動の涙で劇場全体が満たされるこの偉大なミュージカル作品を堪能しながら、「われわれにとって西欧社会がいかに遠い存在であるか」をしみじみ思い知る契機になるのが、日本人がこの〈レ・ミゼラブル〉に接する意義なのです。そして、その思索こそ、バルジャンがマリウスを担いで決死の歩みを運んだパリの地下道ではないですが、ミュージカルの淵源であるオペレッタが鋭く隠し持っていた批評性に遠く通ずる道のひとつなのではないか、と私は考えます。

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