ことばと文化のミニ講座

【Vol.67】 2012.11   内海 敦子

言語の調査から歴史比較言語学へ

前回の講座(No.58)では言語を記述するときに必要な「良い耳」と、言語の音声・音韻について述べました。今回は言語の音声が分かり、単語を収集したら、次に何をするのかについてお話ししましょう。

よく知られていない言語を調査する言語学者は、ほぼ全員が単語を収集します。ここまでは共通して行われる調査です。この後、どのような方向に舵を切るかは、それぞれの研究者の目的や興味によって違ってきます。

あるグループの研究者は、言語の歴史的な変化に興味を持っています。みなさんは「言語の歴史的変化」と聞いて何を思い浮かべましたか。私たちの身の回りでも、言葉は常に変化しているのを感じることができるはずです。大体5,6才、年齢が違うと、中学生や高校生のときに学校ではやっていた言葉遣いが違っているものです。20歳も違えば、相当言葉遣いが違うものです。私(40代)が10代のころは「やばい」という単語は悪い意味でしか使われませんでした。例えば「宿題忘れた!やばい、先生に怒られる!」という用法ですね。ところが今の若い人は「やばい」を「いい!」という意味に使うこともあります。こういった変化が積み重なって100年も経てばずいぶん違ってきます。明治時代の文学を読んで、「こんな言葉、聞いたことない、理解できない」などと思うことはよくあると思います。逆に、現在の私たちが日常的に使っている「パソコン」「ケータイ」「リストラ」などは100年前の人に分かるはずがありませんね。

一つ、身近な変化の例を挙げてみましょう。みなさんは「ら抜き言葉」という表現を聞いたことがありますか。「見れない」「食べれない」という動詞の可能形のことを指します。「正しく」は「見られない」「食べられない」と言わなければいけないのに、「ら」が抜けているので「ら抜き言葉」といって、非難されるべき言葉遣いとされています。三、四世代前の人人々は「ら」を省略しない「見られない」「食べられない」とは言うけれど、「見れない」「食べれない」とは言わなかったのです。「ら抜き」が広まってきたのは比較的最近、ここ4,50年のことだと考えられています。

ただし、この「ら抜き言葉」については、言語学者の間では可能表現と受け身表現の違いを出すための効率的で合理的な方法だされています。「シマウマがライオンに食べられた」とは言いますが、「シマウマがライオンに食べれた」とは言いませんね。受け身表現のときは、「ら抜き」になりません。でも、可能表現の場合は「食べ放題で5皿も食べられた」と「ら」を入れても、「食べ放題で5皿も食べれた」と「ら」を抜いても許容できます。

このように、言語はより言いやすい表現、分かりやすい表現を目指して日々進化しつづけているので、結果として時が経てば経つほど、変化していくのです。

変化は「ら抜き言葉」の例のように、動詞の活用に関して起こることもありますし、音に関して起こることもあります。よく例に挙げられるのは「ハ行転呼」とよばれる歴史的変化です。現在、「ハ、ヒ、フ、ヘ、ホ」と発音されている音声は、上代から平安時代にかけては「パ、ピ、プ、ペ、ポ」でした。『万葉集』に使用されている「万葉仮名」は漢字の音をかりて当時の日本語を表したものですが、中国の古い時代の言語の研究が進むにつれ、「万葉仮名」があらわしていた音がどういうものであったのかが分かるようになり、『万葉集』の時代の日本語のすがたが分かるようになったのです。助数詞の「はい(杯)」の前に「一」や「八」がくると「いっぱい(一杯)」「はっぱい(八杯)」という発音になったり、「さんぎょうはいきぶつ(産業廃棄物)」を略して言うときは「さんぱい(産廃)」という発音になることなどに、昔はハ行が「パ、ピ、プ、ペ、ポ」の音であった名残りを見ることができます。「パ、ピ、プ、ペ、ポ」は「ファ、フィ、フ、フェ、フォ」のような音になり、現在の「ハ、ヒ、フ、ヘ、ホ」に変化していったと考えられています。例えば、「きょう(今日)」という単語は「ケプ」から「ケフ」、「ケウ」そして「キョー」と変化してきたと(かなり確信を持って)推測できます。

このような言語の歴史的変化を研究する場合、日本語のようにたくさんの文献が残されている言語の場合は、それらの文献を材料にして考えることができます。でも、世界の9割以上の言語は、字を持たない言語、つまり書き残された文献がない言語なのです。私が研究しているインドネシアの言語は「オーストロネシア語族」というグループに入りますが、このオーストロネシア語族の言語はほとんどが字を持たず文献が存在しませんので、昔の言語の音声や単語がどのようなものであったのかを、文献によって探ることはできません。その代わりに、現在話されている言語の音声と単語をなるべく多く記述して、比較していくという手段をとります。これを「歴史比較言語学」、あるいは単に「比較言語学」といいます。この分野の研究のためには、単語を集め、音声を分析するだけで、データとして立派に通用します。

「歴史比較言語学」をやると、どのようなことが分かるでしょうか。ある一つの言語が、どの言語と似ているかが分かるとします。すると、その二つの言語の「共通の祖先」となる「祖語」と呼ばれる言語が存在すると推定できるのです。そうやって、小さいグループの「祖語」を集め、より大きいグループの「祖語」を推定していくと、1000年前、2000年前の言語の姿が分かるようになるのです。もちろん、あくまでも「推定」ですので、本当にそうであったかどうかは確実なわけではないのですが。

また、言語のグルーピングが分かるようになると、ある民族がどのように移動し、どのように広がっていったかも分かるようになります。例えば、「オーストロネシア語族」を話していた民族は、研究が進んだ現在、おおよその足取りが分かっています。最初は中国の南部で「オーストロネシア語族」の「祖語」を話していた人々は、中国南部の島、「海南島」に移動し、その後「台湾」に移動しました。その後、フィリピンやインドネシア、マレーシアに移り、その一部がインドネシアのカリマンタン島からアフリカ東部の島「マダガスカル」まで移動しました。また、別の一派がオセアニア方面に進出し、ハワイ、サモア、ニュージーランドといった島々に移動していったのです。

ある民族の歴史を探るには、文字で表されている資料が残っているのが一番いいのですが、それがない場合は考古学による発掘と、歴史比較言語学の研究成果に期待するほかないのです。「ことば」という、一見「歴史」とは関係なさそうな対象を研究することによって、「歴史」の一端が解明できるということもあるのです。

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