ことばと文化のミニ講座

【Vol.61】 2012.4   柴田 雅生

常用漢字表の行く末

日本文化学科では、財団法人漢字能力検定協会が実施する漢字能力検定(以下、通称でもある「漢検」と記す)の受検を推奨し、二級に合格できるよう支援しています。漢検二級は協会の基準では高校卒業レベルとなっていますが、実際には高卒であれば誰でも合格できるというものではなく、大学生でもある程度しっかりした知識がないと合格は難しいようです。大学生の就職活動で漢検二級合格が取得資格として記載されるようになったのも、こうした事情によるものでしょう。

ところで、なかば公的な資格となったと言える漢検ですが、今年度の検定から検定基準が改定されます。最大の理由は、一昨年十一月の常用漢字表の改定です。漢検は常用漢字表および教育漢字学年配当表を検定基準の柱としています。そのため、常用漢字表にもとづく二級を中心に基準が見直されたというわけです。

今回改定の対象となった常用漢字表は、1981年に制定されたもの。その間30年、情報機器の普及とそれに伴う言語環境の変化が大きかったということで見直したのですが、事はそれだけで済む話ではないように思います。むしろ常用漢字表そのものの性格が変化しはじめている、そんな兆しを明確に示しているのではないかと考えます。

ことばを法令で定めるということ

はじめに、簡単に常用漢字表成立までの経緯を確認しておきたいと思います。

漢字表名

明治以来、日本の標準的なことばをどうするか、その書き表し方をどうするかは大きな懸案でした。これらをまとめて国語国字問題と呼びますが、その議論の結果が具体的な法令として示されたのが常用漢字表の前身である当用漢字表、1946年のことでした。第二次世界大戦直後という社会情勢の下、日常使用する漢字を1850字に制限し、原則としてそれ以外の使用を禁じたのです(音訓の制限は1948年の当用漢字音訓表、字体の制定は1949年の当用漢字字体表によります)。これにより、代用字(遺跡・洗浄・日食など)や交ぜ書き(補てん・ばん回・ふ頭など)が生まれ、字体の上では当用漢字と当用漢字外の漢字に違いが生じました。さらには、人名に用いることのできる漢字は当用漢字に限定するという戸籍法を補うものとして、1951年に人名用漢字別表が定められ、人名にだけ用いることのできる漢字92字が追加されました。このようにして、日常用いる漢字を一定範囲に制限するという当用漢字表が、学校教育等による影響も加わって普及していったのです。

1981年に制定された常用漢字表は、当用漢字表に95字を追加して定められました。当用漢字表とは異なり、日常常用の「漢字使用の目安」として示され、表向きは漢字制限の性格を弱めたものでしたが、実質的にはほとんど変化がなかったと言っていいでしょう。少なくとも、公共性の高い教科書や新聞等ではほとんど常用漢字表に沿った漢字使用がなされているからです。

このように、当用漢字表と(旧)常用漢字表は、いかにして漢字を制限していくかを意図したものであったと考えられます。その結果、常用漢字表とそれ以外の漢字(表外字)にはさまざまな違いが生じました。常用漢字表の改定に際して議論を呼んだ「辶 」の点の数や「飠(食偏)」の下部のかたちも、元は常用漢字と表外字の間に見られたものでした。けれども、それが大きな問題として取り上げられることはほとんどなく、もっぱら常用漢字表の内部の話に終始した恰好だったのです。

常用漢字表改定の方針

さて、今回の常用漢字表の改定は、「漢字使用の目安」という表向きの性格づけに変更はなく、「挨」「拶」「謎」「鬱」などの196字が追加されたものでした。一方で「脹」などの5字が削除され、これにより常用漢字表は2136字となりました。

追加漢字の選定にあたっては、漢字の使用頻度(日常でよく使われるか)と使用範囲(多種多様な使い方をするか)などを検討したと言います。しかし、実際に選ばれた漢字を見ると、「遜」や「訃」は使用範囲がさほど広いとは思えません。必ずしも単純な基準ではなさそうです。それを象徴するのが都道府県名に用いる漢字を追加したことだと考えます。

追加された都道府県名の漢字は「茨」「岡」「阪」「埼」「阜」「媛」「栃」の7字です(「媛」は「才媛」などにも使えます)。都道府県名は明らかに公的なものですから常用漢字表に入るのは当然と思われるかもしれませんが、これまでの「当用漢字表」と旧「常用漢字表」は固有名詞を対象としていませんでした。前述の「人名用漢字別表」は「当用漢字表」だけでは足りない部分を補うための追加措置だったわけです。

しかし、今回は47都道府県名に限って、初めて固有名詞の例外として当用漢字表に含めたのです。法令施行前に行われた平成21年度国語に関する世論調査「新しい常用漢字についての意識」では、この追加方針を問うて「望ましい…68.4%/望ましくない…3.4%/どちらとも言えない…24.0%」という回答結果が得られています。同調査では、常用漢字表の認知度がさほど高くない結果(知っていた…57.4%/知らなかった…40.6%)ですから、常用漢字表に追加することの意味がどのように捉えられているか疑問に感じる部分も残りますが、普段使っている公的な漢字を追加することは構わないとする素朴な反応の現れであったと思われます。「当用漢字表」と旧「常用漢字表」では、それを取り入れれば統一的な基準を定めにくくなる固有名詞を敢えて外していたのですが、それよりも種類を問わず日常的な漢字であることが常用漢字として重要となった(人名などの他の固有名詞は振仮名を付すなどして対応することが多いようです)。換言すれば、日常よく使いよく見かける漢字=常用漢字という図式が出来上がりつつあるとも言えましょう。常用漢字表がその名の示す通りに社会に定着し、その実態に沿って改定されたと見ることができます。

人名用漢字の膨脹と常用漢字表

このような常用漢字表の質的変化は今に始まったものではないと思われます。というのも、1951年に定められた人名用漢字別表は、1976年にさらに28字を追加した人名用漢字追加表となり、その後数次にわたって増補されて2004年には一挙に488字が追加されることとなりました。背景の一つには人名に使える漢字の要求に応えるということがあったと言います(円満字二郎『人名用漢字の戦後史』(岩波新書))。言わば、使用する漢字にお墨付きを求める動きですが、制限のある人名用漢字ならばわからぬ話ではありません。しかし、一般的に言って、常用漢字と人名用漢字の違いを明確に認識しているか、甚だ疑問が残ります。常用漢字表においても同様に「お墨付き」を求めるようになっても不思議ではないだろうと思われるのです。常用漢字表の肥大化を予想する声もここに生まれることとなります。

今回、都道府県名に使用する漢字に限定して常用漢字表に含めたのは、固有名詞を含めないとする原則に対して、その例外を明確に立て得た結果と考えられます。例外を市町村名にまで広げればかなり大幅な改定となるでしょう。言ってみれば漢字制限を外す話。さすがに現時点ではそこまで踏み込めなかったものと思われます。

本当の意味での「目安」へ

常用漢字表の前身である当用漢字表が制定されてから60数年。漢字制限はすっかり浸透したと言ってよいでしょう。そこに情報機器の普及という社会状況が加わって、今度は漢字制限を強めるというよりも、緩くする方向に話が進む可能性が高まっています。

常用漢字表はどこへ行くのか。一つは制限を取り払う方向ですが、学校教育との関わりから見れば自ら限界がありましょう。となると、現状維持か制限を強める方向が残ります。しかし大事なのは何のために制限するかのはずです。「一般社会の社会生活における漢字使用の目安」とは言いますが、その「目安」としての分をわきまえることが大切なのだろうと考えます。常用漢字表の「お墨付き」だけに囚われず、常用漢字表以外の漢字をも視野に入れた上で、場面と目的に合わせてどれだけ適切な漢字使用ができるか、この点に常用漢字表の行く末がかかっていると思います。

最後に、漢字検定に話を戻せば、常用漢字にもとづく二級で満足するのではなく、是非とも準一級、一級を目指してもらいたいものです。現実の漢字はさまざまな姿を見せます。

これらは日本人が漢字を使いこなしてきた歴史を物語っています。 梅の公園 例えば、右の写真の最後の漢字は「園」を示しています。略字・俗字は情報機器にとっては厄介な存在ですが、大袈裟に言えば文化的な財産とも考えられます。なかば規格化された常用漢字表だけでなく、幅広く漢字を学んでほしいと願っています。

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