ことばと文化のミニ講座

【Vol.29】 2008.7   内海 敦子

言語学とフィールドワーク

みなさんは「言語学」という研究分野の名前を聞いたことがありますか。言語に関する学問的な考察は、さかのぼればギリシア時代に行き着き、その後も哲学や神学の枠内で取り扱われてきたこともありますが、現在「言語学」という名で行われている学問の一部が始まったのは19世紀の始めごろです。当時は、「言語学」といえば様々な言語の歴史的な関係と変化を考察する、現在では「(歴史)比較言語学」と呼ばれている分野の研究を指しました。その後、20世紀初頭に近代言語学が成立し、「言語学」の中に様々な分野が林立することになりました。

現在行われている様々な「言語学」の分野には、最も古くからある「(歴史)比較言語学」、地域的な言語の移り変わり(いわゆる方言)を研究する「言語地理学」、社会における言語の変種を扱う「社会言語学」、人間の心理と言語の関係を探る「心理言語学」など、様々な分野があります。それに加えて、ある言語の様々な側面を扱う分野も細かく分かれています。例えば、言語の音声を扱う「音声学」、音声の体系を研究する「音韻論」、語の活用や語形成を研究する「形態論」、文法を扱う「統語論」、意味を扱う「意味論」、言語の実際の運用を扱う「語用論」などです。

インドネシア、スラウェシ島北方のタラウド諸島のラグーン
インドネシア、スラウェシ島北方の
タラウド諸島のラグーン

こんなわけで、長年言語学に携わっている者には、言語学という研究分野は広がりがあり研究者の数も多いメジャーな学問だと感じられるのですが、一般的には名称を聞いてもピンと来ない人の方が多いでしょう。

今回は、数ある言語学の分野の中から、私が研究している分野の一つ、「フィールド言語学」について書いてみたいと思います。「フィールド言語学」とは、言語の「フィールド調査(現地調査)」を行って研究する方法を取る言語学のことで、便宜的な名称です。「フィールド」(あるいは「現地」)というのは言語の調査を行う場所のことで、フィールド調査とは、ある場所に赴き、ある言語の母語話者(ネイティブスピーカー)に協力してもらってその言語の様々な側面を調査することを言います。フィールドは日本国内の場合もありますし、アジア、ヨーロッパ、アメリカ、オーストラリアなど、世界中のどこかである場合もあります。

何故現地へ赴かねばならないのでしょうか。まず、私達が英語やフランス語、ドイツ語、中国語(の普通語)、韓国語などのよく知られている言語を調べたいと思ったら、どんな手段があるか考えて見ましょう。これらの言語に関する辞書や文法書は、日本国内で簡単に手に入ります。テレビやラジオでは学習用の講座が放送されていますし、大学や専門学校にも先生に直接教えてもらえる講座があります。これらの言語によるテレビ放送やラジオ放送は、地上波、衛星放送、インターネットを通じて視聴出来ます。書籍や新聞、雑誌も書店を通じて買えますし、インターネットを通じてホームページに書かれた文章を読むこともできます。また、これらの言語を話す人で、日本在住の方に教えてもらったり調査に協力してもらったりできます。このように、多くの日本人が興味を持っていて、話者数が多い言語は材料が大量に、また簡単に手に入るため、日本にいながらにして研究できます。

これに対し、辞書や文法書がない言語はどうしたらよいのでしょうか。例えば、日本の奄美諸島の地域方言について調べたいと思ったら、あるいは、インドネシアの小さな島で話されている言語について調べたいと思ったらどうしたらよいのでしょうか。その言語で放送されていたり、書かれた書物はそもそもなかったり、あっても簡単に視聴したり手に入れたりできません。ですから、その地域方言なり言語が話されている地域に行って、調査に協力してくれる人を探し、基礎的なことから調べていくしかありません。フィールド言語学とは、このようにその土地に赴かねば調査できない言語を様々な困難を乗り越えて研究していく方法の便宜的な名称です。
 実際には「フィールド調査」は、ある言語の母語話者に直接いろいろな質問をして、その言語の調査をしていくやり方全般を指しますので、たまたま自分の調べたい言語の話者が日本の自分の家の近所に住んでいて調査に協力してもらっている場合も、フィールド調査と言えます。でも、そんなに都合の良い話はほとんどありませんから、大抵はその言語が話されている現地に飛んでいって、ある程度の期間その地域に腰を据えて調査することになります。

「様々な困難乗り越えて」フィールド調査をする、と書きましたが、どんな困難があるでしょうか。第一に、調査に協力してくれる人を探す苦労があります。現在、世界中で各地の地域方言や話者数の少ない言語が消滅しています。現時点での言語の数は大体6000前後と見積もられていますが、21世紀中にそのうちの50%が消滅し、95%がいずれ消滅するだろう、という予測があるくらいです。グローバル化が進んで、英語が国際語としての地位を確立し、話者数の多い言語の放送が広範囲に視聴でき、学校教育がその地域で一番話者数が多いか、格式が高いと見なされている言語で行われることにより、少数の話者しかいない言語は子供たちに伝えられなくなっているからです。ですから、消滅しかかっている言語の場合、流暢に話すことができる話者を見つけることが難しいのです。若い人には暇な人が多いのですが、その言語をきちんと話せないため、調査が満足に行えません。中年以上では流暢に話せる人が増えますが、家庭を持ち、仕事をしていると調査に協力する時間がありません。高齢者は流暢に話せて暇もありますが、耳が遠くなっていたり、歯がなくなっていたりすると、やはり調査が潤滑に行えません。ですから、調査協力者を探すのも一苦労です。現地に行かないと、どんな人がいるか分からないことが多いので、とりあえずその言語が話されている辺りに宿を取り、その辺を歩いている人に片っ端から「この言語を話す人はいませんか」と聞いて回ったり、地域の学校や大学の先生に紹介を頼んだり、様々な方法をとって話者を探したあと、言語調査に耐えうるかどうかの査定を行い、調査協力の時間と謝礼の話がまとまって初めて調査が開始します。

島々を結ぶ重要な交通手段の船が着くと、多くの人々が乗り降りし、大量の物資が行きかいます。
島々を結ぶ重要な交通手段の船が着くと、
多くの人々が乗り降りし、大量の物資が行きかいます。

第二に、フィールドの環境に慣れることが難しい場合があります。私はインドネシアの北東部をフィールドにしていますが、赤道のすぐそばですから、年中日本の夏の気候です。蒸し暑いだけならいいのですが、虫がたくさんいて、蚊、刺されると蚊よりも後を引くスナバエ、刺されると数時間苦痛に悶絶するムカデなどがいますから虫対策も重要な課題です。痒かったり痛かったりすると、面倒くさい言語調査に集中できませんからね。その他、乾燥がきつすぎたり、寒すぎたりして体調が崩れたり、食べ物が体に合わなくてお腹を壊したり、環境に慣れるのも一苦労です。

第三に、フィールドの文化によっては、外国人が調査をすることが難しかったり、女性が一人で調査をすることが難しかったりすることがあります。政治的な問題で、外国人は入れない地域、あるいは許可を得て初めて入れる地域があります。そういう場合、その地域に入ることができても、敬遠されて調査協力者が見つからなかったり、調査をしていると警察に連れて行かれたりすることがあります。男尊女卑の文化が強い地域や、女性が一人で旅行したりすることがありえない文化では、女性研究者は好奇の目にさらされ、調査が難しいこともあります。

幸いにして私のフィールドであるインドネシアのスラウェシ島北部は、プロテスタントが主で、女性一人の観光客もちらほらいる場所なので、女性だからということで苦労した経験はありませんし、地元の警察に挨拶をしておけば、調査を問題視されたりもしません。寒い気候よりは暑い方が好きなので、熱帯の気候も気になりません。でも、私が研究対象とした言語は消滅しかかっていますので、一番苦労したのは第一の点でした。若者が流暢にしゃべれるのかと思って調査を進めていったら、実はいろいろあやふやな点があり、高齢の話者に切り替えて、すべて調査をやり直した経験があります。

苦労がつきもののフィールド言語学ですが、それでも、未知の言語が、自分の手によって少しずつ明らかになり、言語の規則を日々見つけていくプロセスは他の何にも代えがたい、わくわくする冒険のようなもので、やめられません。

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