ことばと文化のミニ講座

【Vol.24】 2007.12   元本学科教員 和田 正美

日本語表現における反復の作法について

作法(さほう)と言われるとむずかしい、堅苦しいことのように思う人もあるでしょうが、決してそんなことはありません。日常生活の中で「こんにちは」とか「お早う」とか言える人はそれが言えない人より好感を与えるし、自分でも気が楽であることは皆さんも認める筈です。この通り挨拶は立派な作法であり、これによって社会の動きは滑らかなものになります。

 そして作法は書き言葉や話し言葉の中にもあります。ここでは反復の作法、すなわち同じ言い回しを繰り返し使わなければならない作法について考えて見ることにしましょう。

 「起きてすぐ食べたりするとからだによくないよ」という文の下線部「たり」は反復しなくてよろしい。この文は「起きてすぐ食べると…」という文に少し綾をつけたものであると考えることが出来ます。しかし「寝たり起きたりする」の「寝たり」は必ず「たり」を反復して「起きたりする」という形でこれを受け止めなければなりません。「寝たり起きる」は誤りです。

 最近の新聞に次のような文が載っていました。「牛ひき肉に豚、鶏、鴨のひき肉などを混ぜたり、細菌が検出された製品を陰性として出荷」。下線の「たり」が反復されていないことに注意して下さい。皆さんはこのよくない文をどう訂正しますか。「混ぜたり」に続く二つ目の「たり」の候補には二つあります。「検出されたり」と「出荷したり」です。さて「混ぜたりする」の「混ぜる」は特定の人間の意識的な行為ですから、「たり」の反復はその行為に見合う箇所で行わなければならない。正解は「出荷したり」です。読者は同系列の事柄で「たり」が反復されていることを知って安心します。反復しなければならない「たり」の反復が行われていない文は読者を安心させない、腰がふらついた文と言えるでしょう。

 以上に反復の作法のわかりやすい実例として「たり」の反復を挙げましたが、この作法が適用される場合はもちろん他にもあります。この文の2行目、「こんにちは」とか「お早う」とか、の「とか」も同じです。時々、「一晩中、本を読むとか原稿を書くなどしていた」というような文を見かけますが、感心しません。何故、「とか」の反復を惜しむのでしょうか。「友達に訊くなり、思い切って先生に質問するなりして見ればいいじゃないか」という文の二つ目の「なり」も必要不可欠でしょう。

 この文の読者の中に、反復の作法が守られていなくても意味が通じていればそれでいいじゃないか、と考える人がもしあったら、その考えは取り下げてください。言葉で重要なのは意味だけではないと知ることは言葉の学習の第一歩です。皆さんの日本語表現は反復の作法を守ることを通して、より正しい、より美しいものになる筈だと申し上げておきます。

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